2008年5月9日金曜日

しぐれ 2

昼食を済ませると午後の安静時間をサボって、男女三人ずつ六人でのび野火どめ止の臨済宗妙心寺派の名刹、金鳳山平林寺へ出かけた。清瀬の駅から志木行きのバスに乗って十五分足らずで降り、それから歩いて約十五分の距離であった。

 うっそう鬱蒼たる老杉が参道を覆い、山門両脇の仁王像は、いかにも由緒ありげに思われた。手入れの行き届いた境内をきよらかな野火止用水が流れ、禅宗寺院らしく茅葺の庫裏がひな鄙びた内庭と調和し弥が上にも静寂さを感じさせる。この寺では今でも雲水が修行しているという。

 その帰り道、リヤカーのやっと通れるくらいの細道が畑の中をしばらく続いたあと、雑木林の中へ曲って入ってゆく。しーんと静まりかえった林の中の、落ち葉の敷かれた小径をゆっくり進むと、突然足元から野鳥が飛び立った。

 林を外れかけたところで、俄に曇ってきた。これは困ったなと思っているうちに、ぽつりぽつりやってきた。さてどうしよう、何処か雨宿りする所はないかと思って見廻すと、三百メートルほど先に農家が見える。雨脚が次第に激しくなって来たので、皆は小走りに駆けだした。廸可は私と並んで後ろの方からゆっくり歩いていたが、前の連中につられて駆け出した。そのとたん、彼女は小石につまずいて転びそうになったので、私は咄嗟に彼女の手を取って握りしめ支えてやった。その手はか細く柔らかで冷たかった。

「少しくらい濡れてもいいから、ゆっくり行きましょう」と私は言った。廸可は肺活量が少なく、しかも手術後三か月足らずなので、もともと駆けるのは無理であった。二人は遅れて農家の軒下に入り、私はハンカチで彼女の肩から背中の雨を拭いてあげた。私達六人は南向きの縁先を借りて並んで腰を下ろし、しばらく雨宿りをさせてもらうことにした。

 武蔵野の広い広い野末から野末へと、林をこえ、森をこえ、田畑をわたり、また林をこえて、しのびやかにしぐれが通り過ぎてゆく。畑のずっと向こうの雑木林が、墨絵のようにかすんで見える。晴れている時とは違った風趣があたりに漂い、ひたひたとささやくようなしぐれが地面に吸い取られてゆく。縁先の庭にある柿の木の梢に三つほど取り残された赤い実が雨にうたれて冷たそうに見え、庭の隅にある大きな欅は通り雨を事ともせず濡れるに任せている。

 時雨は一向に止みそうもない。

つづく

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