2008年5月9日金曜日

しぐれ 1

 昭和三十一年秋、私は東京の郊外、清瀬町の結核療養所に入所した。私の入った五号室は男八人の大部屋だが、全員が高専卒以上で歳も三十歳前後であったせいか話がよく合った。三つ隣りの一号室には二十代前半の美女八人がベッドを並べていた。

 入所して二、三日経ったころ、この女性達と親睦を深めようと食堂で茶話会を催した。自己紹介がひとわたり済み余興に入ったとき私は、少年のころ父から教えてもらった数え歌を唄った。

  ひとつとや 一つは正月のことなれば   門松飾りはどでごんす どでごんす
 それは四本の箸と一つの盃を使って十二か月の代表的な風物を順次紹介する数え歌であるが、結語の囃し言葉「どでごんす」が皆の印象に残ったとみえて、それ以来、私に「どでごんす」というあだ名が付けられた。

 この茶話会以後、彼女たちと気軽に散歩をしたり、雑談したりするようになった。その中の一人に東京から来た手島みちか廸可がいた。彼女は背がすらりとして眼が綺麗で、額が心做し広いせいか髪を前でくるくるとカールしていた。二十三、四歳くらいで、何事もひかえめな落着いた感じの女性であった。
 十一月も終わりに近い或る日曜日の朝、廸可から声がかかった。

「どでごんす、平林寺へ行かない?」

 私は二つ返事で承知した。

つづく

1 件のコメント:

hallelujah さんのコメント...

はじめまして。

祖母から子供のころに聞いた数え唄を探してやっとたどり着きました。
できれば12月分全部教えていただきたく、また、割り箸と盃でそれぞれのシンボルを作ってくれたので、それがわかるサイトもあれば教えていただきたいと思います。

今でもふと思い出したりもするのですが、お釈迦様しか思いつきません・・・