2008年5月3日土曜日

春風 1

二月の初め、私は肺炎治療のため市民病院に入った。

 夕方になり、入室の時に世話をしてくれた看護師の森田さんが、若い看護師を連れて来て、「今夜はこの小川が当番です」と紹介した。小川さんは小柄で、白い瓜実顔と大きな眼が印象的であった。彼女は市の看護学校を卒業してすぐ市民病院に入り、三年目だという。

 その夜、高熱で苦しんだので、翌日の夕方、私はナースコールをした。すると小川さんが来て、ベッドの所ですっと腰を下げ、私を見上げるようにして「何か御用ですか」と言った。目線を患者より低くするというその動作に、私は新鮮な驚きと喜びを感じた。
「私は耳が遠いから、もっと近くに来てください」というと、そのまますすっと近づいて「どうぞ」という顔をした。

 私は高熱対策を相談したかったので、ベテラン看護師の方がいいと思い、「森田さんを呼んで貰いたいのですが」と言った。すると彼女は「森田さんはもう帰りました。私で分かることなら何でもしますから、どうぞおっしゃってください」と言って、その鈴を張ったような目に力を込めて私を見詰めた。

〈この患者は困っている。私がしっかりしなければ〉という職業意識に燃えた気迫に私はけお気圧される感じがして年甲斐もなく面映い気持ちになり、彼女の表情を見ながら「小川さんはいい顔をしていますね」と思わず口走って仕舞った。彼女はきょとんとした表情をしながら横を向いたので、私は誤解されたかと思い、「いい顔と美しい顔とは少し違います。自分のやるべきことをしっかりやろうという気迫のこもった顔を、いい顔だと私は感じるのです」と慌てて付け加えた。

 それからその夜の高熱対策について話し合った。これには私の医学知識の不足もあったが、小川さんの説明を七分どおり納得し、座薬を使用してその夜は無事に過ぎた。

つづく

0 件のコメント: