2008年5月1日木曜日

すんぷ夢ひろば5

 私はきぬぎぬ後朝の別れを惜しむ女の寂しげな顔をリクエストしようとしたのだが、そのような抽象的なものは絵画や文学で表現するものであり、具象的な形を線で表現する紙切り絵には不適切なことであった。寄席には不似合いな、場所わきまを弁えない注文をすれば、芸人は困惑し、場内は途端に白ける。

私は皆に冷笑され、ひんしゅく顰蹙を買うことになるだろう。何かを思い込むと周囲が見えなくなるのは、私の短所の一つだ。その身勝手さと、野暮さに我ながら呆れて、人知れず首をすくめた次第である。私は時間に救われたのだった。ただ、その無粋な考えは私の性格によるだけでなく、紙切り芸の愉しさが私を酔わせたからかもしれない。

 ともあれ、ひとりが二十分、五人の色物芸人による一時間四十分の演芸は、寄席初体験の私を十分に愉しませてくれた。

 近いうちに気の合った人ともう一度来てみようと思い隣席の女性に話したら、昨年十一月七日にオープンした頃は入りきれないほど入場者があったが、最近では客が減ったため、今年の四月からは月に二日しか開演しないので、事前確認が必要だという。

 静岡市周辺では演芸場が連日満席になるほどの寄席ファンはないとみえる。演芸場の周りには駿府町家と称する江戸時代を再現した家並みに収まって食堂、土産物店、喫茶店などが軒を連ねている。これらはすべて新築したものであるが、演芸場の来客が減れば当然経営が苦しくなるだろうとひとごと他人事ながら心配になった。

 演芸場の近くゆめやぐらの夢櫓という食堂で昼食を摂る。建物はもちろん新しいがテーブルや椅子、食器類もすべて新品なのが当然ながら頗る気になった。私たちが楽しんだ演芸場は『すんぷ夢ひろば』の一部で、その西隣りには県下最大級の温泉施設と称する「天下泰平の湯」があるが、そちらの客の入り具合は果たしてどうなのであろうか。

つづく

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