2008年5月20日火曜日

消火器 3

昭和三十八、九年の頃だったと思うが、夏の或る日の午後、風呂敷包みを背負った一人の男がわが家を訪れた。「私は奄美大島の者で大島つむぎ紬を売りに来ました。家から連絡があって急に帰らなければならないので、残った三反を安くして早く処分したい」と言う。

私はその頃、いい着物を一枚欲しいと思っていた矢先だったので乗り気になった。彼は「これは本場の大島で作られたもので、泥の中でしっかりもみ込んであるから、この通りいい色でしょう。普通は一反十五万円ですが、今日は特別だから十万円でいい」と言葉巧みに畳み掛ける。

私は紬の見方や相場等についていっぱしの質問をしたが、もともと基礎知識が乏しいのだから商談は一向に進捗しない。傍らの妻も反物のことは皆目わからないと言う。結局、言い値より一万円ほど安くさせて買い求めたが、後日、知合いの呉服屋に見てもらったところ、何とにせもの偽物で、しかも島田市内で買うより二割くらい高かった。

訪問販売の場合は品質と相場の分からない商品が多く、消費者の無知につけこんで、今買わないと損ですよという気持にさせて買わせる。考える時間、情報を手に入れる時間を与えないのが彼らの常套手段で、購買意欲を巧みに刺激する。私は大島紬にこ懲りて以後訪問販売には注意するようになった。

このたびの消火器の場合は、営業マンをしばらく待たせて島田防災設備へ問い合わせるべきであった。③の「値段が高いと思ったら買わないこと」は、一度経験してほぞ臍を噛めば後はほぼ実行できる。しかし、②の「不要なものは早く処分する」ことはなかなか出来そうでできない。

私の場合、数年前に家を建て替えるため引っ越す時、不要品や使用しないものをかなり沢山処分した。もっと早く処分すれば狭いと思った家をもっと広く使え、欲しいものを探す時間を節約できたのにと思ったが、万事、『勿体無い』という時代を生きてきた私たち夫婦には、それができなかったのである。                                  

(平成十七年一月)

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