2008年5月6日火曜日

かわいい女

かわいい女

 「次は望月章江さんに、祝辞をお願いします」 司会者の声に応じて、私の隣の席にいた若い娘さんがゆっくり立ち上がった。

「好子さん、岩城さん、お目出とうございます。私はこういう席に出た事がありませんので、どんな事をお話したらいいか、昨夜から考えているのですがまだ考えがまとまりません。本当に困ってしまいます」 華やかな振袖姿の右手にマイクを持ったまま、しばらく考えこむポーズをとった。

「それではひとつ、昔の事をお話することにします。好子さんと私は小学校と中学が同級ですが、小学校一年生のころ、ある日私が好子さんの家に遊びに行くと、ここにご列席していらっしゃる三つ年上のお兄さんと座敷で遊んでいました。

お兄さんは釣竿を持っていましたが、そのうちに、『好子、お前、魚になれ』と言いました。すると好子さんはお兄さんの言う通りに畳の上で横になって、魚のかっこうをしてお兄さんの釣竿の先に掛かって釣られました。このように好子さんは小さい時から非常に素直で、人の言うことをよく聞く性格を持っております。

これから新郎の岩城さんが求めれば、好子さんは鰹にもひらめにも、或いはこのごろはやりの鯛焼きくんにでもすぐになって釣られるでしょう。そしてかわいいお嫁さんになって、幸せな結婚生活を送られる事と私は信じております」 

考えがまとまらないどころではなく、ユーモアのあふれるスピーチに満場の拍手が起こり、花婿は我が意を得たりとばかりに破顔し、花嫁も顔をほころばせている。

 かわいい女を男が望み、女もそれになろうとする。めでたしめでたしのはずであるが、私の心は何かそのまま受け容れられないものを感じた。

つづく

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