2008年4月28日月曜日

すんぷ夢ひろば3

 そして、芸人が「どなたかご希望のものを…」と言いかけると、私の左側の席の女性が待っていましたとばかりにさっと手をあげた。彼女はこのような機会を経験しているのではないかと思われた。客の求める切り絵を作るということを私はこの時はじめて知ったが、それだけに私にとってはすべてが新鮮で興味津々であった。彼女が『鯉のぼり』をリクエストすると芸人は「はい。承知しました」と応え、ほんのしばらく考えて構想をまとめると、すぐに鋏を動かし始めた。私はこのやりとりを面白いと思った。

 来月は五月なので女性客はその季節を考え、芸人の作り易そうな『鯉のぼり』をリクエストし、芸人はそれに応ずる。このような雰囲気は生の寄席でなければ味わえないであろう。いっき一気かせい呵成に仕上げると、先ほどと同様に透明なビニールの袋に挟んで客席に披露した。和服姿の若い女性が鯉のぼりを見上げているその切り絵はリクエストした女性の手に渡された。

 女性からその切り絵を借りてよく見ると、何とまつげ睫毛まで見事に切り抜いてある。あっという間に細い睫毛までさりげなく鋏で紙を切る熟達した腕前に舌を巻いた。切り抜かれた方の紙に黒い紙を当てビニールの袋に挟むと、当然ながら切り取ったのと白黒逆の同様な絵になり、それは別の人が貰った。

 そして「さて、お次は」と芸人が言うと後ろの席から『花火大会』と声がかかった。このような注文には馴れていると見えて、芸人はすぐに鋏を動かし始め、日本髪の和服の女性が打上げ花火を見上げている切り絵があっという間にできあがった。それを見て私は、「寄席の切り絵は和服の女性が登場するのが原則のようだ、私もひとつ女性の切り絵を注文してみよう」と思い立った。

つづく

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