「今朝はあんなに天気がよかったのに。女心と秋の空というのは本当ですね」と私が言うと、隣りに腰かけていた廸可が、
「それは男心と秋の空というのですよ」と言い返してきた。
これをきっかけに雑談が始まった。いろいろな噂話がひとしきり済んで食べ物の話になる。鰻、天ぷら、トロ、ビフテキ、いろいろ皆の好きなものが出てきたので、私が、
「僕は鮎がいいな」と言うと、廸可が思い出したように言った。「ねえぇ、どでごんす」
「なんです?」
顔を右に向けると、廸可の白いうなじがすぐ眼の前にあった。彼女は私の視線をそらすように下を向きながら言う。
「あのね、鮎の一番おいしい頂き方、ご存じ?」
「うーむ、僕はやっぱり塩焼きだね。やなで獲れたての鮎を串にさし、甘塩で焼いて食べるのが一番だよ」
「いいえ、そうではありません」
「へえー、じゃあどのようにして食べるの?」
「新鮮な鮎を笹でくるくるとくるんで火にかけるの。そしてこんがり焼けたところで食べるのが一番おいしいのですって」
「ふうん、そうかねえ」
「これを、鮎の笹焼きというの」
私がそれがどのようなものかと思案しようとした途端、廸可のさも愉快そうな声高の笑い声がおきた。それは「愛のささやき」のことであり、それをまともに考えた私はまんまと乗せられてしまったのである。
このようなとりとめもない雑談をしているうちに、西の空が明るくなって雨が上がった。釣瓶落しに日が暮れかかってうそ寒い風が少し強く吹き始めたころ、私たちは無事に療養所に帰りついた。
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