<?xml version='1.0' encoding='UTF-8'?><?xml-stylesheet href="http://www.blogger.com/styles/atom.css" type="text/css"?><feed xmlns='http://www.w3.org/2005/Atom' xmlns:openSearch='http://a9.com/-/spec/opensearchrss/1.0/' xmlns:georss='http://www.georss.org/georss' xmlns:gd='http://schemas.google.com/g/2005' xmlns:thr='http://purl.org/syndication/thread/1.0'><id>tag:blogger.com,1999:blog-6981430926213328182</id><updated>2011-11-28T09:43:21.007+09:00</updated><title type='text'>随筆集　しぐれ</title><subtitle type='html'>父が趣味で書いている随筆を少しずつ発表していきます。&lt;BR&gt;
面白かったら右をクリック&lt;a href="http://blog.majide.org/diary/in.php?id=79005"&gt;&lt;img src="http://blog.majide.org/html/banner/popblog6814.gif" width="68" height="14" border="0" align="absmiddle"&gt;&lt;/a&gt;</subtitle><link rel='http://schemas.google.com/g/2005#feed' type='application/atom+xml' href='http://helthlife.blogspot.com/feeds/posts/default'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default?max-results=100'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://helthlife.blogspot.com/'/><link rel='hub' href='http://pubsubhubbub.appspot.com/'/><author><name>いつもの人</name><uri>http://www.blogger.com/profile/05729833199635797577</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp1.blogger.com/_E3Qv76ToIuY/SBZP7-uq_FI/AAAAAAAAAAc/n_aM3vhDo00/S220/RIMG3364.JPG'/></author><generator version='7.00' uri='http://www.blogger.com'>Blogger</generator><openSearch:totalResults>39</openSearch:totalResults><openSearch:startIndex>1</openSearch:startIndex><openSearch:itemsPerPage>100</openSearch:itemsPerPage><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6981430926213328182.post-5304036904683128298</id><published>2011-11-25T13:43:00.001+09:00</published><updated>2011-11-25T13:47:57.012+09:00</updated><title type='text'>私の葬式</title><content type='html'>　私の七人兄弟のうち、長兄は昭和二十年六月二十日夜、沖縄で二十五歳で戦死した。残りの六人は戦後ずっと生き長らえたが、最近になって平成十五年九月、次女・きみ喜美が口腔ガンのため七十三歳で、平成十八年九月、四男・明が肝臓ガンのため七十一歳で、平成十九年六月、次男・謙二が胃ガンのため八十六歳で相次いで身罷った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;生存しているのはさんなん三男の私（八十三歳）、長女八重（八十一歳）、三女久子（六十三歳）の三人で、この&lt;br /&gt;うち八重は小学六年のとき健康優良児として表彰され、農家に嫁ぎ今も頑健で農事にいそしんでいるから、おそらく最も長生きするに違いない。久子は子宮ガンを患ったが治ってから五年経ち、まだ若いから当分心配はないと思われる。そして、私はＣ型肝炎が持病で長期的に見ると肝機能を示す数値が少しずつ悪くなってきているため、次にきせき鬼籍に入る可能性が最も高いようだ。来世などいささかも信じなかった兼好法師は『死は目の前にあるのではなく、背後から迫ってくるものだ』という(『徒然草』一五五段)。私の背後には既に死がひたひたと迫っているのかもしれない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　そこで私は、自分の死生観とか葬式観などをとろ吐露し、私が死んだらこのように葬って欲しいことを予め書き出して、近親者の主だった人たちに理解しておいてもらおうと思い立ち、四年前に書いた「私の葬儀マニュアル」を再検討し、改めて「私の葬式」について纏めてみた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　〔一〕人は死ぬと肉体は無くなるが、魂は生き長らえ、生まれ故郷の虚空へ戻る。ただし、その故人のことを思ってくれる人が生きている限り、魂はこの世に留まっている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「約百五十億年前、ビッグバン（宇宙の大爆発）によって地球が生まれ、その後地球に生物が発生し、約百五十万年前に人間の祖先が生じた。人間はもともと宇宙即ち虚空から来た旅人であり、死ぬということは生まれ故郷の虚空へ帰ることである。」との説がある。私はこの説にほぼ同感である。そして、「私が忘れたらあの人は二度死ぬことになる。人が死んでもその生前を知る人が生きているうちは死んだことにはならない。生者が心のうちに呼び起こすことが出来るからだ。記憶する人も死に絶えてしまったとき死者は真の死者になるのだ。」というアフリカ先住民のある部族の死生観と同様に、「死後、その人を思ってくれる人が、この世に一人でも生きているうちは、その人の魂はこの世に留まっている」と考えている。　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　〔二〕人は現世の人が自分を思い出してくれるよすが縁にするために墓をつくる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　我が国の葬法にはかって土葬、火葬、風葬などいろいろあった。時代により地域により、その形式・内容はさまざまな変化を示したと思われるが、今は火葬が一般的だ。私は日本人の葬法というものを考える場合、遺骨崇拝の伝統を念頭におくことが大切であると思う。そして、この葬法との密接な関係のもとにつくられたのが、お墓である。墓があれば、そこに遺族が詣でることにより、本人を偲ぶきっかけになり易いと思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　かつて、権力や財力のある者は大きな墓をつくった。エジプトのピラミッド、中国の西安郊外にあるしん秦のし始こうてい皇帝陵、日本の仁徳陵をはじめとする巨大な前方後円墳、などはその代表的なものである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　しかるに、このところ大都市を中心に墓地の取得が困難になってきた。人口の集中、墓地敷の高騰といった状況が進行してきたからである。一方、過疎化した地方では、寺に付属する墓の無縁仏化が目立つようになった。墓と遺骨の関係者が都会にでかけたまま戻ってこなくなったのである。それだけではない。夫の家の墓に入りたがらない妻たちが増えはじめた。女たちだけのしえん志縁はか墓をつくる運動まで火がついた。つまり、死んだ人間の骨をまつ祀る観念がゆらぎはじめ、それを管理する方法が多様化のきざしをみせるようになったのである。ちょうどそのような時期に元駐日大使ライシャワー氏が亡くなって、その遺灰がアメリカ西海岸にまかれ、話題を呼んだ。いわゆる散骨葬送が俄かに脚光を浴びるようになったのだ。故ライシャワー氏の前にも、インドのマハトマ・ガンディやネール元首相の場合も、骨灰はガンディス川にまかれ、上空から大地に散布された。中国の周恩来元首相も死後その骨灰が中国大陸に散布されている。もっともヒンドウー教徒はもともと骨灰をガンディス川に流すと魂は必ず昇天すると信じて墓は一切つくらない。インドはむぼ無墓文化国なのである。それ故に可能となった散骨であろう。これに対し日本には昭和二十三年五月三十一日に公布・施行された「墓地法」があって、その第四条により遺体や遺骨を勝手に処理できない。従って散骨は公然とは出来ないのが現状である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　また、このごろ「私のお墓の前で泣かないでください」とクラシック歌手が歌う『千の風になって』が大流行しており、何でもミリオンセラーに達する勢いで売れ続けているという。いまや葬儀でも頻繁に流される歌となった。このため、「私は墓にいない、死んでなんかいない」という表現は、日本人が共有してきた仏教的な死生観とは異なると、仏教界を大いに慌てさせている。これは仏教界が葬式などの法事のみに明け暮れていた当然の帰結といえよう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　東京大のしまぞのすすむ島園進教授(宗教学)は『千の風』の世界観を「死者と生者の関係が非常に近く、個人的だ」とみる。これまでは身内が他界すれば，通夜などに親族や近所の人が集い、飲食を共にしながら、死者の思い出を語らい、悲しみをいや癒してきた。さらに先祖を供養し墓を大事にすることで、「家」というシステムにおいて死者との一体感を維持していた。だが、そうした共同体の機能はどんどん失われているという。そして、「死者との交わりが個的になり、痛みや苦しみも個々人が抱え込んでしまっている」と分析する。そうした時代を生きる人たちには、「風になって空を吹きわたっている」死者との交流がストレートに響くのであろう。(朝日新聞より引用)&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　いずれにせよ、日本人の死生観、葬式観や、墓に関する価値観が大きく揺らぎはじめているのは確かなようだ。&lt;br /&gt;　〔三〕吉田町の実家は代々、曹洞宗の信徒であるが、私は浄土真宗の開祖しんらん親鸞に次の三点から魅力を感ずるようになった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　まず第一に、他力本願であること。親鸞の教えは「一心に南無阿弥陀仏を唱えれば救われる」という浄土宗を開いた法然よりも更に徹底している。人が阿弥陀に帰依の心をおこした時に、極楽往生は約束されると説いた。私はこと信仰に関してはまことに不熱心で、二六二文字しかない「はんにゃ般若しんぎょう心経」すら未だにそら諳んじられない。ましてや、自力で悟りの境地に達する自信がないから、他力すなわち阿弥陀如来の本願の力によって成仏するしかないと思っている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　第二に、自ら肉食妻帯を認め、世俗の欲望を肯定したこと。親鸞は女人をけが穢れの存在とみてかんいん姦淫を禁止した仏教の戒律と自らの性欲の間で悩んだ末に、公然と妻帯に踏み切った。妻となった女性が、親鸞を献身的に支えたけいしんに恵信尼である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　鎌倉時代は北条政子をはじめ女性の地位が向上した時代で、女性を差別していた仏教界も法然が女人往生を説いて以来、日蓮（日蓮宗の開祖）、道元（曹洞宗の開祖）、そして慈円（天台座主、「ぐかんしょう愚管抄」の著者）さえもこれに倣った。親鸞はさらに妻帯という形で女性の人格をみとめたのである。&lt;br /&gt;　尤もこれには元久一（一二〇四）年十一月、法然の念仏教団に弾圧があり、親鸞もこれに連座し、藤井義信の俗名を与えられて越後の国府(新潟県直江津)に流された。これより非僧非俗の形をとり、ぐとく愚禿と自称し、しゃみ沙弥生活を理想として配流生活を送っていた時、その配所でみよしためのり三善為教の娘といわれる恵信尼と結ばれ、子女をもうけて家庭生活を営んだといういきさつ経緯がある。が、ともあれ、その親鸞の生きざまに魅力を感じる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　序でながら、江戸時代以降、僧侶の女犯は厳しく取り締まられ、浄土真宗以外、妻帯は今も認められていない筈だが、他の宗派ではうわべ上辺はきんき禁忌としているものの、実情は多くの僧侶が妻帯し、どの宗派も、今や寺の住職は世襲が当たり前になっている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　第三に、死者を差別しない。&lt;br /&gt;　仏教では死者に戒名か法名を与える。その戒名にはいかい位階があって、例えば、曹洞宗の場合、昔は寺に対する功労のたか多寡により位階を与えられたが、昨今は葬式の際のお布施の額によるようになった。&lt;br /&gt;　男　院殿大居士　院殿居士　大居士　居士　上座　清信士　信士&lt;br /&gt;　女　院殿大大姉　院殿大姉　大大姉　大姉　法尼（尼上座）　清信女　信女&lt;br /&gt;ちなみに、元総理の故小渕恵三氏の戒名は大名並みの院殿大居士である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　浄土真宗では戒名と云わず法名という。浄土においてはすべての仏が平等であるという見地から、法名は釈という字の下に二字ということになっており、位階に差を付けない。国文学者・歌人・民俗学者の折口しのぶ信夫(一八八七～一九五三)は生前法名の「しゃくちょうくう釈迢空」を筆名にしていた。また、昭和六十一(一九八六)年に九十六歳で長逝された島田市の名誉市民、本通り五丁目の清水真一さん(通称チシンさん)は、二十七歳のとき「しゃくぶんせい釈聞正」という生前法名を受けており、没後、いた伊太はっさし旗指にある浄土真宗・東本願寺派の光雲山敬信寺境内の墓地に葬られている。人間は生死を問わず平等であるというこの民主的な考え方を浄土真宗が持っていることに私は魅力を感ずる。このような理由で私はチシンさんと同じく敬信寺に墓地を求めた。蛇足だが、作家の山田風太郎(一九五二～二〇〇一)は七十九歳で死去したが、戒名「風々院風々風々居士」は自ら付けた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　〔四〕日本の仏教はしゅじょう衆生さいど済度の基本方針を変更したのか、檀家の葬式や法事という儀式を執り行う組織と化した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　イスラム教ではアッラーの神を信じて戦えば死後天国へ行けるという。その教えを信じ、今もアメリカ軍に対して自爆攻撃をする者が後を絶たない。結婚して米国籍となったクリスチャンのＹ子さんは私にこう語った。「キリストが原罪を背負って十字架で処刑されたため、私たちはみな天国へ行けます。天国は毎日が楽しくいいところです。日本では死ぬことは悲しく望ましくないと考えられていますが、キリスト教徒にとって死ぬとは天国へ行けるという喜ばしいことなのです。」このように、一神教のイスラム教やキリスト教の世界では、宗教が現に事実として生きているのである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　日本でも戦国時代までは仏教が庶民の間に生きていた。仏教を守るために佛敵と戦って死んだものは極楽往生できるという教えを信じて戦った加賀の一向一揆や、戦国大名などの領国支配に反抗した各地の一向宗徒の集団の制圧に、さすがの織田信長も手を焼いた。また、徳川家光の時代、幕府はキリスト教徒を弾圧するために檀家制度をつくった。それは「日本人は仏教の何れか一つの宗派に檀家として登録せよ。しない者はキリシタンとして処罰する」というものである。この定めにより各寺院には檀家が登録されて固定し、檀家から布施が自動的に入るようになった。それ故、各寺院は仏教の研鑽、修行、布教の努力を怠り、葬式や法事を行うための組織に堕落し、しゅじょう衆生さいど済度とは縁が遠くなったのである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　〔五〕葬式はなるべく簡素であるべきだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　戦国時代頃まで野辺の送りは簡素であった。浄土真宗においては、阿弥陀如来のほんがんりき本願力にすがって極楽へ行けるのであるから、生きている人間が死者をより良い世界（極楽）へ送ることは出来ない。それどころか、宗祖親鸞聖人自身が「それがし閉眼せば、加茂川へ入れて、魚に与うべし」（かいじゃ改邪しょう鈔）という言葉を残しているように、死者儀礼（葬式）そのものさえ不必要なのである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　しかしながら日本人は古来、先祖を手厚く葬る習慣があり、江戸時代に檀家制度が出来てからは、葬式・法事といった死者儀礼を僧侶が専ら執行するようになった。これは前述のとおり寺の収入維持とも関連する。そして戦後、経済的に豊かになるにつれて、葬式が一段と丁寧に行われるようになった。そして、今や葬祭業者の巧みな術中にはまって丁寧を通り越し盛大の一途をたどっている。私も年相応にこれまで数多くの通夜や葬儀を経験してきたが、こうした風潮を苦々しく思っている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　元島田市長加藤太郎氏のご母堂ツナさんが五年前に九十七歳で不帰の客となられた。ツナさんは生前、日本女子大同窓会の島田支部長を長く務められ、その間、私の妻が支部の事務を担当していたので、お悔やみに伺おうとしたところ、通夜・葬式は親戚縁者だけで行うということでいんぎん慇懃に断られた。通夜の時、近親者だけで故人のことをしんみりと話すことができて大変良かった、という話を後日知った。「昔と較べてこのごろは葬式が派手になってきた。もっと簡素にした方がいいと思うのに、事が事だけになかなか改めにくい。加藤さんのような有力者が、このように簡素な葬式をやられたことは喜ばしい」という話を友達から聞いた妻は、こういう葬式のやり方がいいと思う、と私に話した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　沖縄で戦死した長兄には、無事に帰ったら結婚しようと約束したひと女性がいた。その兄が遺骨で帰り益田家の墓地に葬られると、その女性は牧之原市から吉田町の長源寺まで、凡そ六十年という気の遠くなるような長い間、長兄の月命日の二十日には欠かさず墓参にこられた。私はその話を聞き、その人の供えた花を見たとき、そのひたむきな愛の強さに感動した。そして、戦場で花と散った長兄はこの点では幸せな人だったといえると思った。六十二回目の命日を迎えた長兄の墓は、今年もその女性の供えた花で美しく飾られていたという。私は葬式を盛大にしてもらうよりも、このような人がひとりでもいた方がどんなにか嬉しいだろう、と亡き長兄を羨んでいる。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　戦後、民法が変わり、家督相続はなくなって、結婚すれば新しい戸籍になることになったが、長い間の慣習を改めることはむつかしい。特に長男で親と同居し、祖先の位牌と墓を受け継いだ者が、お寺とのつき合いを唐突に改めることは極めて困難である。それに較べ私の場合は三男であるから、どこの寺に墓地を求めるか、葬式をどのようにするかは自分の判断で勝手に決めることができる。だからといって、評論家の故・中野好夫のように平生から「自分は死後の世界など全く信じない」という本人のかねてよりの意志により、ひつぎ柩には花束も置かず、遺影一枚が飾られただけであった。また戦後、吉田茂の片腕となってはちめん八面ろっぴ六臂の大活躍をした故・白洲次郎のように「葬式無用、戒名無用」を遺言し、遺族に実行させた――というような、残された家族や近親者を困惑させる極端な事はできない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　そこで、私は敬信寺の住職と話し合い、私の葬式を次のように簡素に行うことにした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　葬式のマニュアル（基本）&lt;br /&gt;一、通夜・だび荼毘・葬式は近親者のみにて行う。&lt;br /&gt;　一般の人及び隣組の人には通夜・葬式共に遠慮して頂き、香典、花輪、生　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　花、供物等は一切辞退する。&lt;br /&gt;二、通夜　自宅&lt;br /&gt;　　斎場　敬信寺&lt;br /&gt;　　僧侶　敬信寺住職伊藤稔氏外一人（住職了承済み）&lt;br /&gt;三、通夜・葬式への出席が予想される人　約三十人&lt;br /&gt;（平成十九年七月）　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;br /&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6981430926213328182-5304036904683128298?l=helthlife.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://helthlife.blogspot.com/feeds/5304036904683128298/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6981430926213328182&amp;postID=5304036904683128298&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/5304036904683128298'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/5304036904683128298'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://helthlife.blogspot.com/2011/11/blog-post_754.html' title='私の葬式'/><author><name>いつもの人</name><uri>http://www.blogger.com/profile/05729833199635797577</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp1.blogger.com/_E3Qv76ToIuY/SBZP7-uq_FI/AAAAAAAAAAc/n_aM3vhDo00/S220/RIMG3364.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6981430926213328182.post-1126227501847679479</id><published>2011-11-25T13:29:00.001+09:00</published><updated>2011-11-25T13:36:56.199+09:00</updated><title type='text'>法名「釋游文」</title><content type='html'>　昨年九月に弟の明が七十一歳で亡くなり、今年六月に兄の謙二が八十六歳で他界したので、今年は初盆の法事が二つあった。この二軒は隣り合っており、先ず明の家で八月十一日午前十一時から、つづいて午前十一半から兄の家で、それぞれうらぼんえ盂蘭盆会が行われた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　弟の家での法事の際、未亡人Ｙ子さんが、亡夫の戒名「みょうこうしゃしんこじ明光写真居士」が気に入らないらしいと知った。法要後のおとき御斎で、彼女にそれとなく訊ねると、「夫は無類の写真好きでしたが、戒名らしい重々しさが感じられない」とのことであった。私も同感である。何となれば、戒名は死者のあ彼の世における名前だからだ。来世の極楽は全くくげん苦患のない安楽の世界と言われるが、其処は喜びあふれる賑やかな楽しい所ではなく、曖昧模糊とした心静かな楽しい所らしい。従って、「写真」のような具体的なもんごん文言を戒名の中に使うのは不適当と思われる。これまでに私は「写真」という字句の入った戒名を見たことも聞いたこともない。しかも、戒名を決める際、住職から事前に何らの断りもなかったとのことだ。住職が手を抜いたのではないかという感じがしてならなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　兄の子ども達はＹ子さんの不満を知っていたので、父親の戒名は自分たちが納得するものにしようと相談して、「けんしきじゅれいこじ謙識樹嶺居士」という戒名をひねり出し、住職の承諾を得たという。謙は名前の一字、識は博識で益田一族のルーツなどいろいろなことを調べて周りの人に知識を与えてくれたという意、樹は庭に多くの木を植え盆栽を楽しんだ、嶺は山登りを好んだ、というように父親の好きだったことをまとめたものである。子ども達に拍手を送りたいところだが、盛り沢山過ぎるような感じがしないでもない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私はＹ子さんに「これから先ずっと、あなたは仏壇の位牌を拝むたびに嫌なおもいをするのは遣り切れないでしょう。私が介添えしますから、住職に戒名の変更をお願いしたらどうですか」と助言してみた。けれども彼女は、墓石に刻まれてしまった戒名を変えると不吉なことが起こるという因習があるのと、住職に楯突くようなことはしたくないとのことだったので、戒名はそのままにしておくことにした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私はかねてから親鸞の思想・信条・行動を優れたものとして、心酔している。その親鸞は「それがし閉眼せば、加茂川に入れて魚に与うべし」（かいじゃしょう改邪鈔）という言葉を残し、自身が入寂しても墓はつくらなくてよいと言っているが、私は、残される身内の世間体等を慮って、平成十三年十月、伊太旗指にある浄土真宗・東本願寺派の光雲山きょうしんじ敬信寺に墓地を求めた。その後、葬式の方法については親鸞の教えに添い、なるべく簡素に行いたいと考え、平成十六年七月、葬式のマニュアルをまとめ敬信寺十四世住職・伊藤稔氏の了解を得た。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　今、私は八十三歳、妻は八十二歳である。五年ほど前に発病した妻の認知症は次第に進行し、近頃は体も衰えて歩行がままならなくなった。そして、私も持病のＣ型肝炎のゆえかひるひなか昼日中でも床に就き体を休めている時間が多くなった。私たち夫婦はいつどちらが先に逝くかわからない状態になったので、遺される親族のものが負担になることは可能な限り少なくしようと思い、葬式の方法について再検討し、改めて『私の葬式』なるマニュアルを作成した。その際、仏教について少しく勉強し、戒名に関する知識を得た。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　人は鬼籍に入る際に菩提寺の住職によって戒名をつけられるが、本来、戒名は死後に付けられるのではなく、生きているうちに付けるもののようである。また、多くの宗派は戒名というが浄土真宗では法名という。浄土真宗の場合は「浄土においてはすべての仏が平等である」という意味合いから、法名は釋の下に必ず二字ということになっている。そして、生前法名は菩提寺の住職を通して真宗大谷派本山の東本願寺（お東）法主による剃髪式が行われたうえで与えられる。私はこの生前法名をぜひ得たいと思った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　そこで八月二十四日に敬信寺へ行き、伊藤住職に『私の葬式』を進呈して葬式の打合せをした折、生前法名授与についてお願いすると、住職は「もちろん結構です」と言われた。敬信寺におけるこれまでの法名授与について訊ねると、住職はその帳簿を見せてくれた。そこには十人余りの人名が列記してあった。夫婦揃って授与されている人もあり、夫のみ、妻のみの人もいた。半数近くは私が知っており、いずれも人生や生死について深く考えていそうな方たちであった。その中には、私が島田商業の教師時代の教え子Ｔ子さんの名前もあった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　しばらく経ってからТ子さんに会い、生前法名を受けた経緯を訊いてみると、「生家は日蓮宗でしたが浄土真宗の家に嫁ぎ、敬信寺へ毎月行って住職の法話をお聴きしているうちに、ここに安心の源があるような気持になり、二十年近く前に〝芳心〟という法名を頂きました。」と話してくれた。素直な心の人だと思った。私の実家の檀那寺である曹洞宗・長源寺では戒名を生前授与される人はほとんどいないようだが、敬信寺では予想外に多くの人たちが生前法名を受けている。そして、浄土真宗では法名を生前授与する全国的なシステムができているようだが、このことは曹洞宗よりも浄土真宗のほうが仏教がより生きている証左と言えないだろうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;昭和六十一年（一九八六）に九十六歳で永眠された島田市の名誉市民第一号、本通五丁目の清水真一さん（通称チシンさん）は、二十七歳のとき「しゃくぶんせい釋聞正」という生前法名を受けており、没後、この敬信寺の墓地に葬られた。チシンさんの法名「釋聞正」は人の話を正しく聞くという意であろうか。国文学者・歌人・民俗学者の折口しのぶ信夫（一八八七―一九五三）は生前「しゃくちょうくう釋迢空」という法名を戴き、それを作品発表の際に筆名として用いた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私は自分の法名について考えてみた。それは八十年間の私の生きざまを二文字で如実に示すものでなければならない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　先ず、「じきょう自彊」を頭に思い浮かべた。私の母校・自彊小学校の校名である。「自彊」という言葉は明治四十一（一九〇八）年に国民教化のために出された『ぼしんしょうしょ戊申詔書』から引用したもので、その出典は中国の『えききょう易経』の中にある。「しょうじつてんこうけん象日天行健、くんしはもってじきょうやまず君子以自彊不息」。天の歩みは誠に力強い。君子はこの天にのっとって、休みなく自彊（自己を強制する。私欲に克つ）の努力を続けてゆくべきである、との意のようである。私はこれまで、「目標を定め、努力してそれを達成する」という信条で生きてきた。ゆえに「自彊」は私の生きざまを的確に表現しているが、文字だけ見ると意味が分かりにく難い―と思われるので取り下げた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　次に考えたのは｢水｣に関連する二文字である。水は人間にとって極めて大切なものだ。人は食べ物がなくても一か月近く生きられるが、水がなければ数日で死ぬ。また「水は、方円の器に随う」という。人は交友・環境しだいで善悪のいずれにもなる、とのたとえだ。更に、水を飲むとき、その水源を思う、幸せをくれた恩人を忘れないたとえで「飲水思源」という言葉もある。常に低いほうへ流れるという水の原理は不変である。そして水は天から下り、霧・雲・雨・雪・あられ霰・露・霜と変化して再び水蒸気となって天へ戻る。そうした自然の運行によって人間の生活にうるおいを与えてくれる。私は水の如くありたいと願い、「如水」はどうかと思った。しかし「如水」といえば、豊臣秀吉の知恵袋と言われた竹中半兵衛と並ぶ知将の黒田如水があまりにも有名なので、私の存在は消えてしまう。これもボツにした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　月一回の定例文章会から帰路、車の中でＮさんに法名についての苦労話をしたら、彼女から、&lt;br /&gt;「益田さんは文章を書くのがお好きだから、〝文〟を入れたらどうでしょう」との助言があった。 &lt;br /&gt;「うむ。これは行けそうだ」と、私は咄嗟に感じた。Ｎさんの思い付きが私の琴線に触れたのである。そして〝文〟についてあれこれ考えた末、「ゆうもん游文」の二文字に到達した。&lt;br /&gt;　平成十一年三月、春のお彼岸の日、大井川民俗の会の一行に加わり、マイクロバスで水戸を訪れたことがある。たまたまその年、ＮＨＫの大河ドラマ『徳川慶喜』が放映され、水戸藩主・徳川なりあき斉昭が登場するので、水戸には『徳川慶喜展示館』が設けられていた。私たちは展示館や偕楽園の梅林、好文亭などを見学してから弘道館に立ち寄った。弘道館は斉昭が創設した藩校である。正面玄関横の梁に、てんしょたい篆書体で「げいにあそぶ游於藝」と書かれたへんがく扁額が掲げてあって、斉昭の雅号の落款があった。斉昭は書が得意であったというが、けれんみのない品位ある筆跡である。傍らに、「六藝〝礼、楽（音楽）、射（弓術）、御（馬術）、書、数〟を学ぶ時、学問武芸にこり固まらずにゆうゆう楽しみながら勉強するの意」との説明文があった。「游」は「遊」と同義である。「藝に励む」といえば平凡になる。「藝に游ぶ」というこの表現は、なんと素晴らしい語句だろう。「真面目一本槍では駄目で、ゆとりを持って楽しみながら学ぶ」というこの弘道館の教育方針は、点取り主義でゆとりが無く、受験勉強に明け暮れる日本の教育の現状を、痛烈に批判しているように思った。私は、この文言を考案した斉昭に畏敬の念を覚えた。（ただし、これは斉昭の創作ではなく、論語のじゅつじ述而篇第七にある文句であることを後日知った。）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私は、心の奥深くに入っているこの「游於藝」の字句を思い出した。芸といえば、これまでに私は数社の経営に参画し、三つの自由業に取り組み、趣味として文章・長唄・囲碁・ゴルフ等をたしな嗜んだので、こじつければ斉昭のいう六芸に励んだことになるかもしれない。そこで法名を｢游芸｣にしようと思ったが、遊芸というと一般的には琴・三味線・踊り・小唄などの遊びごとに関した芸能を連想するからやめて、私の六芸の中で最後まで残った「文章」のみにしぼりこみ、「游文」という法名を思い付いた次第である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　顧みれば、私は故・内藤亀文先生のご指導を受けて文章を習い始めてから四十年経ち、随筆文集『しぐれシリーズ』を六号まで上梓し、近く七号を出版しようとしている。そして、文章というものはどのようにして書くべきかということが最近になって少し分かってきたような気もする。高齢のため、他の芸はすべてできなくなったが、文章だけは今も続け、それが唯一の生き甲斐となって、私は今も充実した人生を送っている。文章こそ私の人生の支柱であり、それを表す「游文」は私にとってまこと実にふさわしい法名であると思う。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　伊藤住職に法名授与の具体的方法について尋ねると、希望者に対しては東本願寺の静岡別院で五日間（一日四時間）の前期教育があり、少し間を置いて京都の本山で三日間の後期教育が行われて、その後に法名が授与されるのだという。けれども、悲しいかな、今の私の体力では到底この二つの教育に耐えられないから、生前授与は極めて困難である。従って住職にお願いして、法名を登録しておき、死後授与になると思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　碁ワールド九月号に高尾しんじ紳路名人・本因坊に関する記事が載っていた。今年の本因坊戦七番勝負で高尾が挑戦者依田のりもと紀基九段を下し、本因坊戦三連覇の偉業を為し遂げた。そこで師匠の藤沢ひでゆき秀行名誉棋聖が高尾に本因坊秀紳という号を贈ったという。ここまではよくある話だが、その下に「本因坊秀紳直筆きごう揮毫色紙を三名様にプレゼント」というお知らせがあり、高尾本因坊が「游志」と書いた色紙を持った写真が載っていた。これを見て私は目を丸くした。私がこれまであれこれ考えた挙句に決めた法名｢游文｣と同じような語句を高尾本因坊が誇らしげに示していたからである。碁への志とは何か。それは碁の奥義を極めるということであろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私は碁を勝とうとして局部的にこん根を詰めて考えることが往々にしてあるが、これはよくない。その部分を客観的に見ること、つまりは、取られそうになった石をむしろ捨て石にして外から締め付けたらどうなるかという逆転の発想、また、全局的に見てもっと重要なところはないかと考えることが大切である。すなわち、碁が上達するには常に一部分に囚われず、冷静にゆとりのある気持ちを持って大局的に考えることが重要なポイントになる。それを遊びというのだと思う。藤沢秀行氏は和漢に通じ、書を能くすると聞いているから、この「游志」という語句は藤沢氏が考えたものではないかと思われる。そして、それが偶然にも私の苦心惨憺して考えた語句と酷似したのであろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　広辞苑を繰ると、「遊び」の解釈の八番目に「機械の部分と部分が密着せず、その間にある程度動きうる余裕のあること。ハンドルの遊び、というような用い方をする」とある。自動車のハンドルに遊びが無いとスムーズに運転できない。人間社会が円滑に運営されるには、心のゆとりを生む「遊び」が必要であるのに、合理化とは遊びを少なくすることだと思いこんで人員や経費を削り続けた。その結果、働きざかりでうつ病や認知症になる人や自殺者が増えてきた。経済の成長は止めても、安心して生活できる世の中にしたいものだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;このように考えると「游文」という法名に私は一段と魅力を感ずる。惚れ込んだと言ってもよい。これからは「釋游文」をペンネームとして大いに使おうと思う。そしてあ彼の世に行っても随筆を書き続けて、「しぐれ八号・九号」を上梓したいと思っているが、当然、その時は「釋游文」が本名となる。&lt;br /&gt;（平成十九年九月)&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6981430926213328182-1126227501847679479?l=helthlife.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://helthlife.blogspot.com/feeds/1126227501847679479/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6981430926213328182&amp;postID=1126227501847679479&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/1126227501847679479'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/1126227501847679479'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://helthlife.blogspot.com/2011/11/blog-post_25.html' title='法名「釋游文」'/><author><name>いつもの人</name><uri>http://www.blogger.com/profile/05729833199635797577</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp1.blogger.com/_E3Qv76ToIuY/SBZP7-uq_FI/AAAAAAAAAAc/n_aM3vhDo00/S220/RIMG3364.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6981430926213328182.post-8215260886096194647</id><published>2011-11-25T13:20:00.002+09:00</published><updated>2011-11-25T13:28:00.649+09:00</updated><title type='text'>私の死生観</title><content type='html'>　私は大正十三年十二月二十五日に生まれたが、戸籍上は翌十四年の一月一日生まれである。親が七日遅らせて村役場に出生届を出したからだ。従って、今年の正月元旦で満八十三歳を迎えた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　誕生日が元旦なので、かって「明けましておめでとう」と言われることはあっても、「誕生日おめでとう」と言われたためしがなかった。ところが、今年は元旦の夜、家族との会食が済んだのち娘夫婦から「誕生日おめでとう」と祝福されて、血圧計をプレゼントされた。市役所にあるのと同じ二の腕で測るオムロン社製の立派な血圧計である。手先の方で測る器具は不正確であり、かと言って市役所へたびたび行って測るのはおっくう億劫だ。このごろ私は血圧が上がり、これからの健康維持には油断なく血圧に注意する必要があり、血圧計が家にあればいいと思っていたところだったので、まことじぎ時宣にかなった贈り物に私は娘夫婦に心底から礼を言った。&lt;br /&gt;こ来し方をふり返ってみると、よくぞここまで生きてきたとしみじみ思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;幼少年の頃はすこぶる健康であった。身体が小さいのでかくとうぎ格闘技は不得手だったが、持久力を要する競技には強かった。島商時代、全校約五百人のマラソン競走で三十番になった。運動会ではさかだ逆立ち競争の固定（長い間立っている）と移動（長い距離を歩く）で一等賞をもらった。横浜高等商業（現横浜国立大経済学部）に入り、三年生の時テニス部のキャプテンになった。対外試合に勝つために猛練習をしたため、試合には勝ったが、戦時中の食糧不足と過労により肺結核に罹った。二年近くの闘病生活の末にようやく快復したが、それ以来、こと健康に関しては自信を喪失した。六十ぐらいまで生きれば上々とさえ思っていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　昭和三十一年に肺結核が再発、左肺の上半分を切除した。その手術時に、アメリカから輸入された売血の中にＣ型肝炎のウィルスが入っていたため感染。そのウィルスが二十年の潜伏期間を経て、昭和五十年頃から活動し始め、それからは常にＣ型肝炎に悩まされることになった。私と同じころ同じ病院で肺結核の手術をした人の大半はＣ型肝炎から肝臓ガンとなり死亡した。私は医者から特効薬といわれたインターフェロンの使用を奨められたが副作用があるので使わず、健康器具のコウケントーと調和道丹田式呼吸法で危機を切り抜けてきた。しかし、加齢により体力が衰えてきたためか、七十六才の時、肺炎にかかり、更に八十歳になって肺炎が再発した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　現在、日本の男の平均寿命は七十六歳である。小学校から大学までの私の同級生の生存率はおおよそ四〇％である。夏目漱石の『硝子戸の中』に、「多病な私が何故生き残っているのだろうか疑ってみる。あの人はどういう訳で私より先に死んだのだろうかと思う」という死生に関するくだり件があるが、私の余生もいよいよ残り少なくなってきたので、死について自分の考えをまとめてみようと思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「人間は正視することの出来ないものが二つある。太陽と死だ」というしんげん箴言があるが、人間は誰しもが長&lt;br /&gt;生きしたいと願っている。しかし、人間に限らず、生命のあるものは必ず死ぬ時が来る。生命は永遠のものではない。そして、死ぬまでにその種を絶やさぬよう子孫をこの世に残す。このことは誰もが承知しているわけだが、自分だけはもっと長生きできないかと考える。しん秦の始皇帝はじょふく徐福に不老長寿の薬を探すことを命じたが、現代人でも長寿の薬となると血眼になって求める。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　人間の寿命は昔と較べると随分長くなった。平安時代の平均寿命は三十歳ぐらい位という。昔は乳幼児の死亡が多く、成人しても食糧不足、戦乱、流行病、風水害などで早死にした。江戸時代でも四十歳位といわれる。それが今では経済的に豊かになり、医学が進み、八十歳を超すようになった。ライオンの寿命は自然界では十年だが動物園では三十年、象は自然界では二十年だが動物園では五十年生きるという。つまり、人間は動物園で過保護に飼育されているようなものである。釈迦はきのこ茸の食あたりで八十歳で亡くなったといわれるが、現代人は八十歳になってもなおもっと生きたいと願う。かく言う私もその一人である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　人間が長生きを願う理由は幾つかある。&lt;br /&gt;①現在の生活が楽しいから、この状態をもっと続けたい。&lt;br /&gt;　戦後の高度経済成長により、旅行、グルメ、スポーツ、趣味など楽しいことが前よりもずっと多くなった。死んだらこの楽しさは味わえないからと、長生きの欲望が今までより増幅した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;②死に対する精神的不安をなくしたい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　この点についてキリスト教は「アダムとイヴが禁断の木の実を食べたことにより人間は罪を犯すようになったが、キリストがすべての人間の罪を背負って十字架で処刑されたため、人間の罪は消え、死後、すべての人の魂は天国へ行ける」と説く。クリスチャンはそれを信じているから死に対する精神的不安は何もないという。江戸時代の島原の乱で原城にたてこもったキリスト教徒が強かったのは、死を怖れなかったためだといわれる。ちなみにキリストは、ユダに密告されて捕えられ、ゴルゴダの丘の上で十字架に架けられ死んだのは三十二歳だったという。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;また、キリスト教と同根のイスラム教にも同じ思想があるから、今でも平然と自爆攻撃を行っている。序でながら、四十歳でアッラーの神の最初の啓示に接したといわれるマホメット（ムハンマッド）は、以後片手にコーラン、片手に剣を振りかざしてイスラム教を流布し、アラビア半島を初めて統一し、メッカへの最後の巡礼を終えてからサウジアラビアのメディナの回教寺院で病床につき、六十一歳で息絶えたという。イスラム教徒の過激さの一因が窺われる話だ。しかし日本人にはそのような思想はない。多くの日本人は江戸時代初期にできた檀家制度により仏教に馴染み、かんぜん勧善ちょうあく懲悪の思想を漠然と持っている。誰でも多少は後ろめたい行為をするであろうから、あの世で極楽へ行けないかもしれない、と心配する人も年配の人にはいるかもしれない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;③死に直面した時の精神的苦痛をなくしたい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　死刑が宣告された時、重大な事故が発生し一定時間経過後に死ぬことが判った時、不治の病となり一定日時後に死ぬことを告げられた時、これらの場合のように生きたいという自分の意志に反して死ななければならなくなった時、人間は精神的苦しみを感ずる。これに対して、四十七人の赤穂浪士のように切腹覚悟の場合は、討入りしてから切腹するまでの間に精神的苦痛よりも目的を達成した満足感の方が大きかったであろう。武田信玄がきえ帰依しけい恵りんじ林寺の住持となったかい快せん川じょう紹き喜は、織田信長が勝頼を攻めた時、一山の僧と共に寺の山門内に立てこもり焼死した。その時、快川和尚の作ったげ偈「あんぜん安禅必ずしも山水を用いず、しんとう心頭めっきゃく滅却すればひ火おの自ずから涼し」は有名である。猛火に包まれた快川は肉体的には大きな苦痛を受けても、自分の意志を貫く満足感により心の中には涼風が吹いていたに相違ない。この二つの場合は自ら覚悟しての死であるから精神的苦痛は少なかったと思う。けれども、北大西洋でタイタニック号が氷山と衝突して沈没する時、女性や子供を救うため自らボートを離れて波間に沈んだ男がいたというが、大部分の人はボートを奪い合って生き延びようとした。飽くなき生存欲、これがわれわれ人間の本性なのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ともあれ、四十七士や快川紹喜、タイタニック号などは稀にみる事件で、日常生活の中で私たちの周りに起こるのは、不治の病になり死期を宣告される場合などである。最近、私の妹と弟が相次いでガンで亡くなった。死期を告げられた妹の枕許で私が、「ガンになったおん恩こうじ高寺の住職の奥さんが、みほとけ御仏に生命を預けて無心に生きたところガンが治った」という話をすると、妹は「それは難しいことだけれど、私もなるべく心掛けてみます」としおらしく言い、私は心の中で泣いた。主治医から「手遅れで手術はできません」と宣告されて、診察室から出てきた弟は待合室で泣き出し、私は何と言ってなぐさめたらいいか言葉に詰まった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　牧師はホスピスで、「キリストのしょくざい贖罪により、キリスト教徒の魂が天国へ行ける」ことを説き、信者の心を和らげるという。仏教でも浄土宗、浄土真宗は「南無阿弥陀佛と念ずれば誰でも極楽往生できる」と説く。戦国時代に一向一揆が強かったのは、それを信じた仏教徒が命を惜しまず戦ったからだといわれる。昔はそれほど仏教が民衆の生活の中に溶け込み生きていたのに、当今は僧侶がホスピスで極楽往生を説いて患者の心を安らかにさせる話なぞ殆ど聞かない。それは仏教界がしゅじょう衆生さいど済度に挺身するのをやめて、葬式という儀式を行う組織に堕落したからであろうか。それとも文明が進み、経済的に豊かになったため、もはや仏教は日本人の現実生活に適さなくなったのであろうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　なお別の問題だが、自分の死については諦めても、残した家族の生活が心配だという場合もある。このような精神的苦痛はどう処理したらいいのだろうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;④　肉体的苦痛を避けたい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;交通事故、地震、火災、風水害など不時の災害によって受ける肉体的苦痛は防ぎようがない。ふた昔ほど前までは、ガンで死ぬときは大変苦しいものとされていた。しかし、病気による肉体的苦痛は医学の進歩により相当改善された。アメリカでは痛み止めの麻薬の使用が積極的に研究され、日本の約十倍の量が使用されているという。アメリカがそうなれば近いうちに日本の医療もその水準に近づくであろう。肉体的苦痛緩和の問題は五感で確認できるものであるから、今後も更に進歩してゆくに相違ない。従ってこの問題の解決はそれほどむつかしいことではないと思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　事故死や病死でなく、老衰で死ぬときは肉体的苦痛がないのではないかと私は想像している。私の体験からすると、体が疲れているときは歩くよりも止まっていることを望み、止まって立っているよりも横になること、更にものを言わず静かに眠りに入ることを望むようになる。そしして眠るように逝く。自然死とはそれだと思う。私の娘のしゅうとめ姑は三年前に九十五歳で亡くなられたが、それはうらやましくなるほど見事な最期であった。新築した自宅に初めて入って仏壇の前に進み、「お陰様で、新しい家ができました」と先祖や夫の霊に感謝の祈りを捧げているうちに急に意識がなくなった。救急車で市民病院へ運ばれたが、意識を回復することなく五日後に天寿を全うされた。入院するまで健康で過ごし、家族に看病の手数を煩わすことなく、また死の不安とか苦痛など一切感ずることなく安らかにこの世を去る。私もこのような死に方をしたいと願っている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　自然死の場合は肉体的には勿論のこと、精神的にも苦痛がないのではなかろうか。健康な人が疲れて休むときは、この世の苦労も何もかも忘れて自然に眠りに入る。と同様に、忘我の状態で眠るようにあの世へ旅立つのではないだろうか。健康であれば死ぬとき苦痛はなく、病気になっても医学の進歩で苦痛が緩和されるとすれば、死の肉体的苦痛を避けることはそれほどむつかしい問題ではないと思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　人間が長生きしたい理由を思いつくまま四つに分けて述べてみたが、私は更にこのように考える。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　人間の欲望はきりがない。もっと楽しいことはないかと追い求め、世界中の珍しい所へ行きたがる。金はいくらかかってもいいから、宇宙旅行をしたいというアメリカ人がいると聞いた。しかし楽しさには自ら限度があり、人間は変化を求める。龍宮城へ行った浦島太郎は毎日のように珍味を食べ、鯛やひらめの舞い踊りを楽しみ、絶世の美人の乙姫様にかしずかれても、結局は飽いて故郷へ帰りたくなった。神が人間に与えた最も大きな変化が死である。すべての生物が子孫を残して個体は死ぬというシステムを定めたのは神の英知であり素晴らしいことだと思う。マラソン競走も四二・一九五キロという終点があるからこそ人は走る。ゴールがなければ走ろうとしないに違いない。人生のゴールである死を、もつと積極的な意味で率直に受け入れた方がいいのではないだろうか。とは言っても、正直なところ大概の人は、歳を重ねていつか死ぬことは分っていても、『今』死にたくないのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　誰も死を経験した人はなく未知の問題であるがために、死の恐怖に対して漠然とした不安はあっても、つかみ所がないので突き詰めて考えようとしない。それに現代人は忙しく、特に若い人は元気だから死について考えることは殆どないだろう。年配の人も死については病気勝ちの人が考えることで、健康でいるうちは無関心でいられる。&lt;br /&gt;　また、死に直面した時、精神的苦痛をなくすのは困難であるが、できるだけの防止策は講じるべきだろう。ただし、それが不可能な場合がある。島田事件（久子ちゃん殺し）の赤堀さんのように、えんざい冤罪で死刑の宣告をうけることがあり、私のように輸血の中にＣ型肝炎のウィルスが入っていて感染する場合もある。タイタニック号の大方の乗客は沈没を避けようがなかった。しかし、酒や煙草をのみ過ぎてガンになることなどは自制心によって避けられる。つまり、防止策のとれない死に直面するのは運という他ない。その時には、自分に定められた運命と思って生を諦め、魂の救済に安心を求める以外に方法はない。この場合、それは心の持ち方の問題であるから宗教が大きな役割を果たすと思う。その点、キリスト教徒や仏教徒には救いがある。けれども、多くの日本人は無宗教で、中には「人は死ぬと全てが終わりで、肉体だけでなく魂も残らない」という人もあり、人びとの死生観は多種多様、千差万別であるから、死の精神的苦痛の解決策は各人で考えるしかない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私は無宗教なので、天国や極楽のことには考えが及ばない。死生観については、随筆集しぐれ五号と六号の中に次のように記述した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　約百五十億年前、ビッグバン（宇宙の大爆発）によって地球が生まれ、その後、地球に生物が発生し、百五十万年前に人間の祖先が生じた。人間はもともと宇宙即ち虚空から来た旅人であり、死ぬということは魂が生まれ故郷の虚空へ帰ることである。人間は死ぬと肉体は無くなるが、魂は生きている。この世の中に、その人のことを思ってくれる人が一人でも生きているうちは、その人の霊魂はこの世に留まっている。そして、思ってくれる人が居なくなると、懐かしい生まれ故郷の宇宙へ帰る。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　一月二十一日付朝日新聞の天声人語欄に「アフリカ先住民のある部族には、死者を二通りに分ける風習があるという。人が死んでも、その生前を知る人が生きているうちは、死んだことにはならない。生者が心の中に呼び起こすことができるからだ。記憶する人も死に絶えてしまったとき、死者は真に死者になるのだという」とあった。世の中には、私と同じ考えをする人たちがいるのだ、と心強く思った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　人は自分の魂がなるべく長くこの世に留まっていたいと願うから、現世の人に自分を思い出してもらうよすが縁（手がかり）となるように墓をつくる。金持は銅像を作ったり記念碑を建てたりもする。また、絵の好きな人は絵を残して、縁とする。私は随筆集を残す。今年は年末に「しぐれ７号」を上梓する予定である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私には三歳上の兄がいる。彼は庭いじりが好きで自宅の庭木や盆栽の手入れに余念がなかった。そうした健康的な生活のためか今まで元気に過ごしてきたが、昨年の初秋、血圧が少し高いと言い、そして暮れに脳梗塞で入院した。私も昨年十一月の終わりごろ、体に不調を感じ、市役所の血圧計で測ったところ最高血圧が二〇〇を超えていた。体調を整えて十日後に測ると一四〇に下がったので安心し、改めて健康第一の生活にしようと固く決意した。しかし、後が悪かった。根が酒好きな性分なので、忘年会を三つこなし、Ｃ型肝炎を気にしながらも酒を飲み、またもや二〇〇を超えた。人間の決意が行動と結びつくとは必ずしも決まっていない、とつくづく思った。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　これから私の心掛けるべきことは、平凡なことだが、とにかく持病と上手に付き合うことだ。健康に気をつけて自然死すれば娘婿の母親のような安らかな死に方ができると思う。また、精神的な苦しみがあったとしても最小限で済む。毎日自分のしたいことを気ままにやって、死ぬことなど忘れていることが一番だと思いながら、一日一日を過ごせればこれ以上の果報はない。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私の居間には、「てんじゅ天寿のいき之域」と書いたおきろつぽうしょ沖六鵬書のへんがく扁額が掲げてある。天寿の域とは、「自分の寿命はすっかり天帝に預け、心から悠々自適の生活を楽しむ心境に達すること」の意ではないかと思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;(平成十九年一月)&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6981430926213328182-8215260886096194647?l=helthlife.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://helthlife.blogspot.com/feeds/8215260886096194647/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6981430926213328182&amp;postID=8215260886096194647&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/8215260886096194647'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/8215260886096194647'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://helthlife.blogspot.com/2011/11/blog-post.html' title='私の死生観'/><author><name>いつもの人</name><uri>http://www.blogger.com/profile/05729833199635797577</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp1.blogger.com/_E3Qv76ToIuY/SBZP7-uq_FI/AAAAAAAAAAc/n_aM3vhDo00/S220/RIMG3364.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6981430926213328182.post-8032454700269835425</id><published>2008-07-06T09:28:00.002+09:00</published><updated>2008-07-06T09:31:02.449+09:00</updated><title type='text'>万葉の歌碑　２</title><content type='html'>　妻が認知症で浜松の施設に入ったため、月に一、二回面会に行き、昼食時に妻を連れ出して、食後、近くをドライブすることにしている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　去る五月、館山寺温泉のレストランで食事をすませてから、ふと、「みおつくしの碑」をもう一度見よう&lt;br /&gt;と思い立ち、現地へ行ってうろ覚えで探してみたが見当たらなかった。その後も二回ほど探したが分からなかったので、細江町の教育委員会で訊いたところ、気賀駅の北の小高い丘の上にある細江公園の中に幾つかの文学碑を移し集めたことが分かった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さっそく訪ねてみると、そこには与謝野晶子、佐藤春夫、佐々木信綱、山田無文の碑と並んで、かって私の見た「みおつくしの碑」があった。懐かしい知己にようやく会えたような気がして嬉しかった。丘の上の公園には落着いた雰囲気があったけれども、この碑はやはり、みおつくしの木製の模型が近くの水中に立っている浜名湖畔にある方が相応しいと思った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　みおつくしの碑を探したさい、乎那の峰も探したが、遺憾ながら地図には表記されていない。みおつくしの碑の探索でこ懲りているので、今度は初めから三ケ日町の教育委員会へ文書で問合わせたところ、乎那の峰は三ケ日町尾奈で、奥浜名湖駅の西南約三〇〇メートルのところにある高さ一〇〇メートルほどの小高い丘であることが判った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　丘の西側道路沿いの駐車場に車を停め、娘と長男、それに知人のＫ子さんとの四人でゆっくり丘を登った。細道の脇には万葉集に出てくる植物が植えてあり、その傍らに植物名と、まつわる万葉の歌を書いた木札が立ててある。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;大伴家持のかたかご(カタクリの古名)の歌があり、金谷の牧ノ原公園の中にかたかごの群落があるのを思い出す。歌をひとつひとつ読んでいったらきりがないので先を急ごうとしたが、道に凹凸があり、苔が生えていて滑り易く、倒れた木が道をふさいでいたりして危険である。それに私は息が弾んできたので、娘と息子に頂上まで行って文学碑の写真を撮ってくるよう頼み、私とＫ子さんはそこで休んで待つことにした。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6981430926213328182-8032454700269835425?l=helthlife.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://helthlife.blogspot.com/feeds/8032454700269835425/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6981430926213328182&amp;postID=8032454700269835425&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/8032454700269835425'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/8032454700269835425'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://helthlife.blogspot.com/2008/07/blog-post.html' title='万葉の歌碑　２'/><author><name>いつもの人</name><uri>http://www.blogger.com/profile/05729833199635797577</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp1.blogger.com/_E3Qv76ToIuY/SBZP7-uq_FI/AAAAAAAAAAc/n_aM3vhDo00/S220/RIMG3364.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6981430926213328182.post-5208393079754653287</id><published>2008-06-22T20:49:00.004+09:00</published><updated>2008-06-22T21:04:20.917+09:00</updated><title type='text'>万葉の歌碑</title><content type='html'>　昭和四十五（一九七〇）年ごろ、内藤き亀ぶん文先生のきもい肝煎りで「大井川民俗の会」がつくられた。大井川流域をはじめ県内外の民俗行事、習慣などや歴史、文学等について、内藤先生から教えを受けながら現地を探訪する会である。私は郷土の歴史や民俗に強い関心をもっているので積極的に参加した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;マイクロバスで静岡県西部の浜名湖から豊橋あたりまで行くことがよくあったが、浜名湖畔にある二つの万葉の歌碑が深く印象に残っている。　一つは、浜松市細江町の浜名湖の入江にある「みおつくしの碑」である。訪れた昭和五十年ごろ、西気賀の湖畔沿い道路の南側に三百平方メートル程の空地があって、歌碑はその南寄りにあった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;遠江　引佐細江の澪標　吾を頼めて　あさましものを&lt;br /&gt;(万葉集巻十四。三四二九　遠江国の歌)&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;内藤先生のご説明によると、　――みおつくしとは、通航する船に通りやすい深い水脈を知らせるために立てられた杭で、ここを通れば安全という水路標識。歌は『浜名湖の引佐細江の水路標識のように、私をあてにさせておいて、あなたは心変わりをした。いっそのこと私を放って置いてくれればよかったのに』という意味とのこと。しかし、これは女の立場から見た解釈で、別に男の立場から見た『私を頼りにしなさいと言ったのに、あなたは私をあなど侮って頼らなかったので、そうなったのですよ』という解釈もあるという。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　後日私なりに調べてみると、「あさましものを」の解釈には諸説あるらしい。しかし、なぜ解釈が分かれるような歌を作ったのであろうか。おそらく、心のはたらきは微妙で、男心と女心のどちらが先に秋風が吹き始めたか決め兼ねるので、作者は意識的にどちらにもとれるように表現したのではないかと思われる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　もう一つは、三ケ日町奥浜名湖駅の西方の小高い丘の上にある作者不明の歌碑である。たまたまその近くに行った折に、内藤先生から「ここには万葉博士といわれたいぬかいたかし犬養孝・大阪大学教授の筆になる歌碑がある」との話があり、歌詞も説明してくださった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　花散らふ　この向つ嶺の乎那の嶺の洲につくまで　君が齢もがも&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　(万葉集巻十四。三四四八　遠江国の歌)&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;『花が散るこの向かいの乎那の峰が風化して低くなり、海の洲に漬かるほどになるまで長く、ずっとあなたは生き長らえて欲しい』&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　この歌のいかにも率直な表現が私は好きである。内藤先生もいい歌だと言っておられた。それに、この丘には万葉集の歌の中に出てくる植物を集めた植物園があるとの由。植物は内藤先生の最も得意とする専門分野であるから、それぞれの万葉の植物にまつわる歌の意味をじっくりお聞きしたいと私は思っていたし、また先生にもそのお気持ちがあったと思われる。花が散る乎那の峰というからには、万葉の時代にはこの丘に山桜が沢山あって花の名所だったのかもしれないと私は想像し、いつの日か内藤先生と一緒にこの丘を訪れたいものだと願っているうちに先生は亡くなられてしまった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;マイクロバスを利用すれば一時間足らずでゆっくり散策でき、頂上からの眺めもよさそうなのに、何故あの折、先生はこの丘に登ろうとしなかったのだろう、というわだかまりが私の心の中にずっと残っていた。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6981430926213328182-5208393079754653287?l=helthlife.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://helthlife.blogspot.com/feeds/5208393079754653287/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6981430926213328182&amp;postID=5208393079754653287&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/5208393079754653287'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/5208393079754653287'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://helthlife.blogspot.com/2008/06/blog-post_22.html' title='万葉の歌碑'/><author><name>いつもの人</name><uri>http://www.blogger.com/profile/05729833199635797577</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp1.blogger.com/_E3Qv76ToIuY/SBZP7-uq_FI/AAAAAAAAAAc/n_aM3vhDo00/S220/RIMG3364.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6981430926213328182.post-7273785205668282555</id><published>2008-06-15T21:28:00.003+09:00</published><updated>2008-06-15T21:33:40.982+09:00</updated><title type='text'>庭木の土　８</title><content type='html'>　九月二十一日の九時過ぎ、Ｋさんと一緒に再びくだん件の植栽状況を見に行った。前回から二か月近く経っている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;先ず中電のほうを見ると、四本のハナミズキには葉が殆どなく、残りの四本も葉がまばらであった。Ｋさんは「これはアメリカシロヒトリの害よりも水不足が大きな原因です。植栽土でないため保水性が少なく、雨が降ってもすぐ乾いてしまいます。もうだめですね。枯れるのを止めることはできません」と断定した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;続いて西隣の総合庁舎の植木を見ると土が湿っていたので、これはＹ管理課長が撒水したのだろう、と思った。Ｋさんは入口近くの庭を見て、「奥のほうはドウダンです。新芽があれだけ伸びているところをみると、来年はいちだんと大きくなって風通しが悪くなり、蒸れて虫がついて大部分が枯れる心配があります。今年あたり間引きしないと手遅れになります。」と指摘された。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;早速その日の午後、ハローワークへ行ってＹ課長に会い、「今年の夏は暑かったですね」と言うと、矢張り「私が毎日水をかけました」という言葉が返ってきた。私は「予算が付き、土が追加して入れられ、間引きが行われるまで油断しないようにがんばってください」と彼女を励ました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それから四日後の二十五日午後、中電の副長Ｍさんに会うと、彼は「益田さんのおっしゃることは十分承知しております。ただ、今年は予算がないので来年の予算に必ず入れてやります」と先手を打つように言った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;今の中電としてはその程度のことしか手が打てないのであろう。しかし、このままでいけば枯れたハナミズキやバラが、来年の初夏まで、玄関前のいちばん目立つところに打ち萎れていることになる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Ｍさんや所長は自宅の玄関前の木が枯れたとき、予算がないからと言って放置しておくだろうか。おそらくそのようなみっともないことはせず、ある程度の費用がかかっても善処するに違いない。それはともあれ、枯木に対する対策を具体的に提案する人がひとりも居ず、私に指摘されて初めて重い腰を上げるとは、この会社の管理体制はいったいぜんたいどうなっているのであろうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;たぶん、中電という大企業は社長から平社員まで「会社は自分の家と違う。余分なことはせず言われた事だけをやって給料をもらえばいい」とでも考えているのだろう。そういえば営業所で働く社員たちには志気というものがまるで感じられなかった。これではいくら「原発は安全です」と言われても、私にはとても信じられない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　アメリカとソ連では原発事故が起きて大きな被害が生じた。日本の原発も浜岡を含めて時どき事故が発生している。このような状態では、私たちは枕を高くして寝ることができない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;腹の立つことの多い昨今だが、いずれにしても私のささやかな提案によって、島田労働総合庁舎と中電島田営業所の植木対策が一歩前進するのではないかと思う。その点から言えば私の取るに足らぬ努力も若干の効果をあげたように思われる。そして、これによって最も喜ぶのは、近くを散歩する私たちよりも、寧ろ、安住の地を得る可能性の生じた庭木たちであろう。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6981430926213328182-7273785205668282555?l=helthlife.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://helthlife.blogspot.com/feeds/7273785205668282555/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6981430926213328182&amp;postID=7273785205668282555&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/7273785205668282555'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/7273785205668282555'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://helthlife.blogspot.com/2008/06/blog-post_15.html' title='庭木の土　８'/><author><name>いつもの人</name><uri>http://www.blogger.com/profile/05729833199635797577</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp1.blogger.com/_E3Qv76ToIuY/SBZP7-uq_FI/AAAAAAAAAAc/n_aM3vhDo00/S220/RIMG3364.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6981430926213328182.post-5742218186458468078</id><published>2008-06-09T21:13:00.003+09:00</published><updated>2008-06-09T21:18:39.464+09:00</updated><title type='text'>庭木の土　７</title><content type='html'>　中電にはこのような不当行為を未然に防ぐ手立てがある筈だ。工事部門の技術者ひとりを造園期間中、現場に配置しておけば、こうした問題は防げたに違いない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それができなくても、工事完了引渡し時にしっかり現場をチェックして回れば、西隣の総合庁舎の庭は黒々とした植栽土なのに、中電側は小石まじりの土であることが一目瞭然である。変だと思って掘ってみれば下には工事用の残土が入っているのがすぐ分かるのにそれをしなかった。　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;総合庁舎の場合も官庁だから造園工事に目を光らせる人はいないかもしれないが、工事完了引渡し時に三、四か所ほど掘ってみれば、下に非植栽土が入っているか否かは明らかになるはずである。何故それをしなかったのだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それは別として私が最も驚いたのは、ハローワークのＹ管理課長に「早く間引きしないと全体が枯れますよ」と忠告したところ、「植木の管理規程の中に、枯れた木を抜くのはいいが、生きている木を抜くことは禁じられています、」との返答があったことだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「国有林の中の大木を勝手に間伐するのではなく、たかが三〇センチ間隔で密植された若木を間引くことができない」という非常識で杓子定規な規程は早急に改正すべきだと思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　要するに、工事仕様書の通りに施工されない根本原因は、設計事務所が設計と監理を兼ねているからである。けれども、これを分離することは施工業者と設計事務所の死活問題に直結するから容易に変えられないのであろう。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6981430926213328182-5742218186458468078?l=helthlife.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='enclosure' type='' href='http://miikototakkun.blog115.fc2.com/tb.php/305-d3626230' length='0'/><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://helthlife.blogspot.com/feeds/5742218186458468078/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6981430926213328182&amp;postID=5742218186458468078&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/5742218186458468078'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/5742218186458468078'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://helthlife.blogspot.com/2008/06/blog-post_09.html' title='庭木の土　７'/><author><name>いつもの人</name><uri>http://www.blogger.com/profile/05729833199635797577</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp1.blogger.com/_E3Qv76ToIuY/SBZP7-uq_FI/AAAAAAAAAAc/n_aM3vhDo00/S220/RIMG3364.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6981430926213328182.post-686527726276798664</id><published>2008-06-05T23:55:00.002+09:00</published><updated>2008-06-06T00:02:12.299+09:00</updated><title type='text'>庭木の土　６</title><content type='html'>　造園工事で下層部に非植栽土を入れるのは何も公共的な場合だけではなさそうだ。中電営業所とハローワーク・労基署の総合庁舎ができた一年後、街なかに住む知人のＮさんが住宅を建て替えた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;デザインがよく機能的にもすぐれた木造二階建ての素敵な家である。道路に面して車二台が駐車可能のスペースをとったので、入り口がやや狭くなったが、門から玄関までの通路の両側に小さな庭をつくった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;特に北側にはブロック塀に沿って少し高く囲った花壇を設けた。その中に三分の一ほど小石の混じった非植栽土の土砂をいれたので、おや、ここでも中電やハローワークと同じようなことをしているなと思った。その上に植栽土を入れて草花のほかに高さ二メートル余の木も植えたが、その後三年ほど経つが植木は枯れないのでそれでよかったのだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;О建設社長Ｋさんの説によれば「少し大きな木を植えるときは、その木の根の部分だけは生育に必要な植栽土を深くまで入れる」のが鉄則らしいが、Ｎさん宅の場合は、そのようにしてあるのかもしれない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし何年か経って、非植栽土を入れた所にも草花の代わりに木を植えたくなったとき困るのではなかろうか。私が施主だったら追加費用を出しても全部植栽土にしてもらう。いや、それよりも見積書の段階で、非植栽土を入れるか否かを先ず確認するであろう。何れにせよ、個人が造園する場合には、施主が工事をつぶさに見ていればいいのであるから、解決できないことではない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;中電の場合のような大きな造園工事を仕様書通りに行わせるにはどうしたらいいか。Ｋさんに伺ってみた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　建設工事は設計業務、施工監理業務および工事施工の三つに分かれる。このうち設計と監理は利害が相反する部分があるので、別々の会社に委任するほうが望ましいが、わが国の建設業界では、設計業務と施工監理業務を設計事務所が兼ねることが多い。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　おそらく、中電の場合は最低限の費用で工事をさせようとする。設計事務所は施主の意に適うように設計して見積もりをつくる。しかし、今一つの仕事の施工監理面では、仕様書通りに厳格に施工させるのは造園業者泣かせのような気持ちになって、施主の眼の届かない所の手抜きを見逃してやることになる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;深さの半分に非植栽土を入れたり、近い将来、間引きしなければ枯れるのが分かっているのに密植させてしまったのもそのためである。設計事務所はそれらの不当な行為を見て見ぬ振りをしているのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;また、瑕疵補償（植えた木が枯れた場合などの保障期間）は一年で、一年後に枯れても植えかえる義務がないということも先刻承知の上で誤魔化し仕事を黙認しがちなのである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　その結果、中電の工事担当者は工事を安く仕上げたと上司から褒められ、設計事務所は予定通り仕事が終わり、造園業者はおこぼれに預かることになる。万事めでたしめでたしに見えるが、しかし、長い目で見れば中電は大損をしたのだ。後日になって、ほとんどの土を入れ替えることになるからである。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6981430926213328182-686527726276798664?l=helthlife.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://helthlife.blogspot.com/feeds/686527726276798664/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6981430926213328182&amp;postID=686527726276798664&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/686527726276798664'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/686527726276798664'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://helthlife.blogspot.com/2008/06/blog-post_05.html' title='庭木の土　６'/><author><name>いつもの人</name><uri>http://www.blogger.com/profile/05729833199635797577</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp1.blogger.com/_E3Qv76ToIuY/SBZP7-uq_FI/AAAAAAAAAAc/n_aM3vhDo00/S220/RIMG3364.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6981430926213328182.post-5745951692703931314</id><published>2008-06-03T22:56:00.002+09:00</published><updated>2008-06-03T22:59:36.207+09:00</updated><title type='text'>庭木の土　５</title><content type='html'>　八月六日、私は中電の庭木管理者で営業課副長のＭさんに会った。来意を告げると、彼は同僚の副長Ｂさんから話を聞いているとのことであった。私が「それであなたは何をしましたか」と尋ねると、「枯れた木を除いてサツキを植え、除草をしました」と言う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それは私の予想したとおりの返答であった。ハローワークではこの二か月の間に厚労省とまで交渉して土を入れ替える予算を申請したというのに、中電では何らの改善対策も講じていないのである。むかしはお役所仕事といえば遅いことを指したが、これでは全く以て逆である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私はＭさんを現場に連れて行って話した。アメリカシロヒトリのためハナミズキが枯れかかっていること、二度目のバラもかなりの部分が枯れたこと、ハローワークの方は黒い植栽土であるのに中電のは小石混じりの表土であること、これらはすべて土を入れ替えなければ解決しないこと等を詳しく説明した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして更につづけて、「枯れた木や小石混じりの土を写真にとり、文書にまとめて静岡支店の担当者に&lt;br /&gt;提出して回答を求めてください。できれば静岡支店の担当者を連れてきて、現場を見てもらって下さい。そうすることによって解決の方向へ一歩近づくと共に、問題がおきた時、お前は何をしていたんだ、と責任を問われなくなるでしょう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;中電は今、原発は安全ですと盛んにＰＲしていますが、『自分の営業所前の植木すら管理できずに枯らすような会社が、世界的に難しいとされている原発の安全管理がどうしてできるだろう』と世間の人は思うでしょう。ですから、ハナミズキを枯らさないようにするのは、あなた自身の責任だと思ってしっかり&lt;br /&gt;やってください。」　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私は自分の孫よりも若いＭさんと話しているうちに次第に熱が入り、自分の耳が遠いせいもあって、つい大声になっていた。彼は神妙に聞いてくれていたようだったので、ある程度の対策が進むだろうと思いながらＭさんと別れた。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6981430926213328182-5745951692703931314?l=helthlife.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://helthlife.blogspot.com/feeds/5745951692703931314/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6981430926213328182&amp;postID=5745951692703931314&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/5745951692703931314'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/5745951692703931314'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://helthlife.blogspot.com/2008/06/blog-post.html' title='庭木の土　５'/><author><name>いつもの人</name><uri>http://www.blogger.com/profile/05729833199635797577</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp1.blogger.com/_E3Qv76ToIuY/SBZP7-uq_FI/AAAAAAAAAAc/n_aM3vhDo00/S220/RIMG3364.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6981430926213328182.post-2334780814945670035</id><published>2008-05-31T00:29:00.002+09:00</published><updated>2008-05-31T00:32:23.140+09:00</updated><title type='text'>庭木の土　４</title><content type='html'>　れから二ヶ月が過ぎた七月三十一日、総合庁舎のハローワークＹ課長に会い、「あの話はどうなりましたか」と訊くと、彼女の顔に笑みが浮かんだので、これはうまくいったのかなと思った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Ｙ課長は私の助言どおりに書面で上級官庁の静岡労働局へ上申した。局ではさっそく複数の業者から緑地の土を全部入れ替える相見積もりを取ったが、予想を上回る費用がかかるため、これはできないとした。そこで改めて、表土が側壁の高さより四センチほど低いので、植栽用の土を嵩上げする相見積もりをとった。それでも相当な金額になり、その予算がないため、中央の厚生労働省へ申請したという。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「いつ予算が付くか分かりませんが、益田さんのお陰でこれだけのことができ、私も職責を果たすことができました。本当に有り難うございました」とＹ課長から丁重な礼を言われた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;樹木を育てて環境をよくしようという私の小さな願いが実現するかもしれないと思い、私は嬉しさがこみあげてきた。「課長さん。予算が取れて土を入れても、それで終わったわけではないですよ。木は只では大きくなりません。剪定、施肥、消毒、除草などの予算を毎年とって、しっかり育ててください。」そう念を押して、ハローワークを後にした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　八月二日午後、私はＫさんを中電前の現場へ案内し、いろいろと教えていただいた。「この八本の木はハナミズキです。葉が枯れたのはアメリカシロヒトリのためです。消毒しなければなりませんが、この虫は樹勢が弱まるとつきます。この木はだいぶ弱っていますから、消毒してもいずれ枯れるでしょう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;バラも島田市の花だから植えたと思いますが、この土は植栽土ではないので、じきに枯れるでしょう。西側寄りのバラはもう駄目ですね。植栽用の土と入れ替えない限り、何を植えても枯れてしまいます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;造園した場合「かし瑕疵補償」という制度があって、業者は、植えた木が翌年枯れたら無料で植え替えますが、ここはもう五年も経っているから無料とはいかないでしょう。しかし、契約通りの植栽土を入れなかった手抜き工事が根本原因だということになれば、期間の定めなく業者に責任があるかもしれません。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;むずかしい問題です。」何れにせよ簡単に解決できる、ことではないようだ。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6981430926213328182-2334780814945670035?l=helthlife.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://helthlife.blogspot.com/feeds/2334780814945670035/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6981430926213328182&amp;postID=2334780814945670035&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/2334780814945670035'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/2334780814945670035'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://helthlife.blogspot.com/2008/05/blog-post_31.html' title='庭木の土　４'/><author><name>いつもの人</name><uri>http://www.blogger.com/profile/05729833199635797577</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp1.blogger.com/_E3Qv76ToIuY/SBZP7-uq_FI/AAAAAAAAAAc/n_aM3vhDo00/S220/RIMG3364.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6981430926213328182.post-7469401948656043709</id><published>2008-05-28T23:38:00.002+09:00</published><updated>2008-05-28T23:42:10.308+09:00</updated><title type='text'>庭木の土　３</title><content type='html'>　私と懇意な間柄のＯ建設社長Ｋさんは造園に関する資格を持ち、植栽についての造詣が深い。彼にこの問題についての意見を訊いてみた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「庭木を植える際、下の半分くらい瓦礫を入れるのは、土壌の栄養分を少なくして木が大きくなりすぎないようにするためですか、それとも造園コストを下げるためですか。」&lt;br /&gt;「それは後者です。造園業者が儲けるためです。」　まさかと思っていた返事が戻ってきた。&lt;br /&gt;「では、木が大きくならないようにするにはどうすればいいのですか。」&lt;br /&gt;「剪定すればいいのです。」　なるほど、これは尤もだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「総合庁舎玄関前のように密植した理由は？」&lt;br /&gt;「一本植えると幾らという工事見積もりになっていますから、なるべく沢山植えたほうが造園業者は儲かるからです」　矢張り、疑っていたとおりだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「密植するとどうなりますか」&lt;br /&gt;「木が大きくなって葉が繁ると風通しが悪くなり蒸れて枯れます。また、虫が発生しやすくなって枯れます。」　これはずぶの素人でも容易に理解できる当然な話である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私は考え込んでしまった。木が枯れると分かっていても、見えないところだからいいだろうとばかりに、下に瓦礫を入れる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;三、四年後には過密となって間引きしなければならいことが明らかに予測できても、その頃になれば工事責任を問われないから良しとして、造園業者は今の時点で現実に儲けるために密植する。そこには企業モラルの欠片すら見当たらない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　商売っ気もここまで堕ちれば、何をか言わんやである。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6981430926213328182-7469401948656043709?l=helthlife.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://helthlife.blogspot.com/feeds/7469401948656043709/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6981430926213328182&amp;postID=7469401948656043709&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/7469401948656043709'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/7469401948656043709'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://helthlife.blogspot.com/2008/05/blog-post_28.html' title='庭木の土　３'/><author><name>いつもの人</name><uri>http://www.blogger.com/profile/05729833199635797577</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp1.blogger.com/_E3Qv76ToIuY/SBZP7-uq_FI/AAAAAAAAAAc/n_aM3vhDo00/S220/RIMG3364.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6981430926213328182.post-506515580853074125</id><published>2008-05-26T21:33:00.001+09:00</published><updated>2008-05-26T21:35:54.064+09:00</updated><title type='text'>庭木の土　２</title><content type='html'>　中電営業所の方は総合庁舎よりも状況が更に悪い。総合庁舎と同様に緑地の周りに高さ三十センチほどのコンクリート壁をつくり、その中に半分ほど工事の残土のような砂礫を入れ、その上にとても植栽用の土とは思えない小石混じりの土砂を重ねて入れた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そのため小石が沢山露出している。これでは樹木が育たないだろうと思ったが、矢張り三年経った平成十七年には最も目立つ正面道路沿いの草花が全部枯れ、植え替えた。島田市の花ということなのか今度はバラを植えたが、土はそのままだったので西寄りの四分の一ほどは又もや枯れて空地ができている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;高さ四・五メートルほどの落葉樹が八本植えられたが、そのうち三本は虫が食い葉が萎れて枯れかかっている。また、西側の総合庁舎との境の緑地に三十本余り植えた木のうち数本が枯れ、六本ほど植え替えたが、うち二本は早くも枯れてしまった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　中電のような大きなしっかりしているはずの会社が、どうしてこんなぶざま無様な姿を世間にさらしているのか奇妙に思った。この会社には緑地専門の管理者はいないのだろうか。いや、この営業所の従業員だけでも相当な人数がいるはずだが、正面玄関先の職場の顔にあたるところの木が枯れかかっているのに、誰ひとり気付かないのは何故だろうか。気付いていても知らぬ顔の半兵衛を決め込んでいるのかもしれない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　六月一日、私は中電島田営業所に行った。あいにく担当者がいないというので営業課副長のＢさんに会った。彼を伴い現場で状況を説明したところ、Ｂさんは今まで職場の植木をじっくり観察したことがないとのことで、「なるほどこれはひどい。早速担当者に報告します。」と言った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その後、六月十四日に担当者という人から「庭木のことはしっかりやりますからお任せください。有難うございました。」との電話があった。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6981430926213328182-506515580853074125?l=helthlife.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://helthlife.blogspot.com/feeds/506515580853074125/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6981430926213328182&amp;postID=506515580853074125&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/506515580853074125'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/506515580853074125'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://helthlife.blogspot.com/2008/05/blog-post_26.html' title='庭木の土　２'/><author><name>いつもの人</name><uri>http://www.blogger.com/profile/05729833199635797577</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp1.blogger.com/_E3Qv76ToIuY/SBZP7-uq_FI/AAAAAAAAAAc/n_aM3vhDo00/S220/RIMG3364.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6981430926213328182.post-3523524259833085523</id><published>2008-05-24T17:59:00.002+09:00</published><updated>2008-05-24T18:05:46.959+09:00</updated><title type='text'>庭木の土　１</title><content type='html'>わが家の前の市道を西へ一四〇メートルほど行くと、南側に中部電力があり、その西隣にハローワークと労働基準監督署の入っている総合庁舎がある。平成十四年四月に相次いで竣工した。それぞれに広い駐車場があって、緑地には樹木や草花が植えてある。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;都市計画法の関係で、道路に接した敷地は二メートル程の幅で市に提供され、新しく歩道ができた。私はその歩道を毎日散歩する。かっては某社の資材置場と空地で、ゴミが捨ててあったり雑草が生えていたりしていたが、明るい近代的な建物ができたため環境がよくなり、散歩するにも大変気分がよくなった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところが、この二つの施設の植木や草花に同じような異変が生じてきた。私は散歩がてら工事の進捗状況をつぶさに見ていたので、異変発生については当初から危惧していた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　平成十三年に労働総合庁舎の建物工事が着手され、それがほぼ出来上がった頃から周りの緑地工事が始まった。緑地を囲う高さ三五センチほどのコンクリートブロックが埋められた時、深さが少し足りないようだが、このくらい土を入れればまあよかろうと思った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところが、次に行ったとき見ると、工事用の残土と思われるような瓦礫混じりの土砂が半分ほど入っていたので、これはどうするのだろうと注意深く見守ることにした。そして二、三日後に行くと、その上に植栽土を入れて高さ四〇センチほどの若木が植えてあった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私が見たところ、表土はコンクリート壁よりも三センチくらい低いから植木用の土は一二センチほどしか&lt;br /&gt;ない計算になる。植木は今は小さくても成長して大きくなった時には栄養不足、水不足で枯れるのではないかと心配になった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;また、東側の中電営業所との境界に沿って一列に三〇センチ間隔で植樹してあったが、これでは間隔がせますぎる。少し大きくなったら間引きするつもりなのだろうか。さらに、東側の入り口近くに四〇平方メートルほどの緑地が三か所あって、高さ四〇センチほどの若木がこれまた三〇センチ間隔でびっしり植えてあった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;どうしてこんなに密植するのだろう、これでは生育の障害になるのではないかと思った。それから五年経ち、東側入り口の緑地の植木は高さが一・四メートル位に成長し、案の定、枝が重なって通風が悪くなっていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これについて総合庁舎の担当者はどのように考えているのかと思い、本年五月三十一日、一階のハローワークへ行き、担当の女性の管理課長Ｙ氏に会い、私は来意を率直に述べた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt; 「私は毎日この前の道を散歩していますが、道路沿いの緑地は美しく、生き生きとしていてもらいたいと思います。この庁舎は民間企業ではないのでメセナ（芸術や文化活動に対する企業の支援と擁護）を問題にすることはないと思いますが、公共施設も地域・社会から好かれる存在であってほしいと思います。」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「はい、私どももそう思っています。この建物の屋上には太陽熱利用の温水器を設置していますが、これは地球にやさしく地域社会に役立ちたいという考えのあらわれです。」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「私はこの建物の工事を最初から見ておりますが、植木の根元の土が少ないのが心配です。今までよく木が枯れなかったですねー」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「いいえ、放っておけば枯れたでしょう。去年の夏は暑さが厳しかったので、私が毎日撒水していました。」　私はびっくりした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;管理課長が自ら撒水しないと植木が枯れるということは正常ではない。〝撒水は私の仕事ではない〟と考える管理課長が着任したら忽ち木は枯れてしまう。お節介とは思ったけれど成り行きで、私が「これは土全体を入れ替える必要があるかもしれない大きな問題です。すぐに所長に話して上部へ働きかけ早急に対策を立ててもらったほうがいいですよ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そのときは口頭ではなく文書ではっきり伝えてください。そうすれば、あなたとしては自分のなすべきことはしたという証拠になります。あとから、責任を問われることもなくなります。」と助言すると、課長は「分かりました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;予算がなくてできないと言われるかもしれませんが、そうします。」と応答した。私は、これは簡単にはいかない問題かもしれない、と思いながら総合庁舎を出た。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6981430926213328182-3523524259833085523?l=helthlife.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://helthlife.blogspot.com/feeds/3523524259833085523/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6981430926213328182&amp;postID=3523524259833085523&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/3523524259833085523'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/3523524259833085523'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://helthlife.blogspot.com/2008/05/blog-post_24.html' title='庭木の土　１'/><author><name>いつもの人</name><uri>http://www.blogger.com/profile/05729833199635797577</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp1.blogger.com/_E3Qv76ToIuY/SBZP7-uq_FI/AAAAAAAAAAc/n_aM3vhDo00/S220/RIMG3364.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6981430926213328182.post-490379644277119181</id><published>2008-05-23T23:49:00.004+09:00</published><updated>2008-05-24T00:02:49.350+09:00</updated><title type='text'>玄米食への挑戦　３</title><content type='html'>　玄米食は一応順調に始まった。ところが一週間過ぎたころ、四年前と同じようにまたまた食欲がなくなり、安眠できず、気だるくなってきた。前回の最大原因は夏ばてだと思うが、今回は冬季である。首を捻ったところで原因が判るはずはない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　結局、変わった条件は玄米食しかないから、前回同様に玄米食を止めることにした。スーパーへ行って白米を一キロ買ってきて食べ始めると二日後に元気が戻った。玄米がまだ一キロ余っている。捨てる訳にもいかないから、買った米屋で事情を話して七分搗きに精米してもらった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　それから一カ月ほど過ぎたが、どう考えてもなぜ体調が悪くなったか分からない。とにかくもう一度だけ玄米に挑戦することにした。そして敷居が高かったけれどくだん件の米屋へ行き、玄米を求めた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「おや、あなたは先日玄米を精米した方ですよね。また玄米をお買いになるのですか」「はい。も一度玄米食をやってみようと思って」「今度は大丈夫ですか」　米屋のおかみさんは不安そうな顔をしながら売ってくれた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　帰りにスーパーに立ち寄ってみたところ、「減農薬玄米」が棚に並んでいた。これならここで買えばよかったと思ったが、同時に玄米を食べる人が増えてきたんだなと感じた。それ以後、玄米食は順調に続き、既に四カ月が経過した。この分では私の食生活に玄米食は定着するのではないかと思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私は玄米食が健康のためにいいと思っているが、同調する人も案外多いと思う。にも拘らず、大方の人が玄米食にしないのは、慣習と白米の方が美味しいという先入観からではないだろうか。これまで玄米が敬遠されてきた最大原因は炊くのに手間がかかることであったが、現在では白米を炊くのと殆ど同様になったから根拠が無くなった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　白米のほうが旨いことは確かだが、玄米をゆっくり噛んで食べていると白米にない美味しさを感じる。玄米のほうが体にいいと思いながら食べるのも、玄米の旨さを増す一因になると思う。従来、玄米は固いから食べにくいという印象があったが、現在の炊飯器で炊いたものには固さが感じられない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　白米は栄養分が取り除かれているからとの理由で、七分搗きや五分搗き米を食べる人がいるが、そこまできたらいっそのこと玄米食にしたらどうだろうか。　健康を志向する日本人にとって、玄米食は今後の食生活改善の重要なポイントになると思う。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6981430926213328182-490379644277119181?l=helthlife.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://helthlife.blogspot.com/feeds/490379644277119181/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6981430926213328182&amp;postID=490379644277119181&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/490379644277119181'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/490379644277119181'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://helthlife.blogspot.com/2008/05/blog-post_23.html' title='玄米食への挑戦　３'/><author><name>いつもの人</name><uri>http://www.blogger.com/profile/05729833199635797577</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp1.blogger.com/_E3Qv76ToIuY/SBZP7-uq_FI/AAAAAAAAAAc/n_aM3vhDo00/S220/RIMG3364.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6981430926213328182.post-1786862511124160174</id><published>2008-05-22T22:20:00.002+09:00</published><updated>2008-05-22T22:24:53.085+09:00</updated><title type='text'>玄米食への挑戦　２</title><content type='html'>　妻と二人暮らしのときは五合炊きの電気釜を使っていたが、二年前から私ひとりになるとそれでは大き過ぎた。そのため昨年八月、二合炊きの小型の電気炊飯器を買った。二合炊ければ子供や孫たちと五人くらいの食事にも間に合う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　そして、ひとりで少量欲しい時は五勺でも美味しく炊ける。それにこの炊飯器は、白米、早炊き、無洗米、浸し米、おかゆ、玄米、発芽玄米の七種類に使用ができる。体調が悪い時、かゆを欲しいことも予想されるので、早速かゆを炊いてみると美味しくでき、大変重宝である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私は理由のないもの、納得のいかないことは、おおやけの公のことでもわたくしごと私事でも、とことん追及しようとする性分である。五年前、玄米食に二回目の挑戦をして体調を崩し、応急措置として中止したが、このままでは、体調を不良にした首謀者が玄米食であるという疑惑が残されたままである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　玄米食に好意を持っている私にとって、それは不憫に思われてならない。今年に入り新しい電気釜の炊飯用途の中に玄米があるのに関心を持ち、玄米首謀者疑惑を否定できるか試してみようと思い立った。さて今度は三回目で、恐らく最後の挑戦となるであろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　新しい器具を買うわけではないので経済的な負担はないが、これまでと同じ失敗を繰り返さないように慎重に進めた。　玄米は固いから、柔らかくする装置が必要である。今までに用いた玄米用の炊飯器は圧力を加え高温にするために頑丈に作られているが、この小型の電気釜では圧力がかけられるとは思えない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そこで器具の取り扱い説明書を読んでみると、炊飯時間が白米は約四十八分であるのに対して、玄米はなんと約二時間と書いてあった。つまり、圧力をかけて高温にして炊くのではなく、時間を長くかけることによって柔らかくするのである。更に米の種類や何をつくるかでも炊飯時間が異なり、早炊きは三十八分、浸し米は三十四分、おかゆ六十分、発芽玄米七十五分と細かく指定されていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　圧力鍋でなくても玄米が炊ける理由が判ったので、とにかく実践してみようと思い、近くの米屋に行った。店のおかみさんの話ではこのごろ玄米を食べる人が増えているようだ。一度に沢山買って食べ切れずに残っても困るので、言いにくかったが僅か五合だけ売っていただいた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　普段は七分搗きを食べており、柔らかく炊くために米一合に対し水二合を入れているので、それを基準として、玄米一合に対し水三合を入れて炊いてみた。その後、水を増したり減らしたり、米を五勺にしたりして炊いてみたが、最初の分量がベストで、おおむね私の納得するご飯ができた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「よし、これならいける」と思い、米屋へ行って減農薬玄米二キロを買ってきた。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6981430926213328182-1786862511124160174?l=helthlife.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://helthlife.blogspot.com/feeds/1786862511124160174/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6981430926213328182&amp;postID=1786862511124160174&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/1786862511124160174'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/1786862511124160174'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://helthlife.blogspot.com/2008/05/blog-post_22.html' title='玄米食への挑戦　２'/><author><name>いつもの人</name><uri>http://www.blogger.com/profile/05729833199635797577</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp1.blogger.com/_E3Qv76ToIuY/SBZP7-uq_FI/AAAAAAAAAAc/n_aM3vhDo00/S220/RIMG3364.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6981430926213328182.post-8013286159619923317</id><published>2008-05-21T23:51:00.002+09:00</published><updated>2008-05-21T23:55:08.822+09:00</updated><title type='text'>玄米食への挑戦　１</title><content type='html'>　かねてから私は玄米食に関心があった。精白米はその殆どが糖質（デンプン）で、白米を常食しているとビタミンＢ１欠乏症に陥り脚気になる恐れがあるが、玄米は沢山のビタミンＢ１と、ビタミンＥ、ナイアシン、リン、カリウム、亜鉛、銅、食物繊維などを含んいて、健康に適しているからである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　とにかく試してみようと思い立ち、平成十一年十二月に、アサヒ軽金属工業製の圧力鍋を買い求めた。この圧力鍋は一・四五気圧、沸点一二八度で、玄米を炊く以外の調理にも使える多目的のものである。ところが、せっかく買ったのに今まで一度も使ったことがない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　理由の第一は手数がかかることである。一般的な炊飯器と違い、私の買った圧力鍋はガスで炊くために、時間の経過に応じてガスを弱めたり止めたり調節しなければならない。第二の理由は家族の合意が得られないと二種類の炊飯をすることになる。妻との二人暮らしで、玄米と七分搗き米を別々に炊くのは実に煩わしい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　詰まるところ、この時は圧力鍋まで購入しながら実行に至らなかったのだ。　二回目の玄米食への挑戦は平成十四年七月で、鳥取三洋製の発芽玄米圧力沸騰炊飯器によるものである。この炊飯器には①普通の電気釜のように自動的に炊ける②沸騰しても余分な蒸気だけを排出し「おねば」が外へふきこぼれないようにして内部に溜める、という特徴があった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私はこれを購入し、玄米の炊飯を妻の手を煩わせずに自分でやることにした。そして、玄米食をはじめてから、①よく噛んで食べるようになった。玄米は柔らかく炊いても繊維質があるからよく噛まざるを得ない②玄米にはこくがあり白米にない旨みがある③食べ過ぎなくなった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　よく噛むためか食事の量は減るが、満腹感がある――などを実感した。　滑り出しは快食、快便、快眠でまことに申し分がなかった。ところが、万事順調にゆくだろうと思っていた矢先、八月に入って急に食欲がなくなり熟睡できなくなった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　体がだるく、体重も二キロ減って四十一キロになり、楽しみにしていた週末の碁会所へ行く気力もなく&lt;br /&gt;なった。体の変調の原因を思い悩んだ末、もしかしたら玄米の所為かと疑い、元の七分搗き米に戻し腹八分を徹底したところ、安眠できるようになって、体力も次第に回復してきた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　その後、落ち着いてから考えてみると、体調不良の原因は玄米、過食、Ｃ型肝炎、夏ばて、加齢などがごっちゃ混ぜになっていたようではあるが、最大の原因は異常な暑さによる夏ばてに違いない、と推測した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　結局、玄米と七分搗き米とを別々に炊くのはやはり面倒なので、玄米を止めて、当分は七分搗き米だけにすることにした。かくして、第二回目の玄米食挑戦は二カ月足らずで終わった。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6981430926213328182-8013286159619923317?l=helthlife.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://helthlife.blogspot.com/feeds/8013286159619923317/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6981430926213328182&amp;postID=8013286159619923317&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/8013286159619923317'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/8013286159619923317'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://helthlife.blogspot.com/2008/05/blog-post_21.html' title='玄米食への挑戦　１'/><author><name>いつもの人</name><uri>http://www.blogger.com/profile/05729833199635797577</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp1.blogger.com/_E3Qv76ToIuY/SBZP7-uq_FI/AAAAAAAAAAc/n_aM3vhDo00/S220/RIMG3364.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6981430926213328182.post-7059221854596092379</id><published>2008-05-20T23:46:00.003+09:00</published><updated>2008-05-20T23:48:55.175+09:00</updated><title type='text'>消火器　３</title><content type='html'>昭和三十八、九年の頃だったと思うが、夏の或る日の午後、風呂敷包みを背負った一人の男がわが家を訪れた。「私は奄美大島の者で大島つむぎ紬を売りに来ました。家から連絡があって急に帰らなければならないので、残った三反を安くして早く処分したい」と言う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私はその頃、いい着物を一枚欲しいと思っていた矢先だったので乗り気になった。彼は「これは本場の大島で作られたもので、泥の中でしっかりもみ込んであるから、この通りいい色でしょう。普通は一反十五万円ですが、今日は特別だから十万円でいい」と言葉巧みに畳み掛ける。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私は紬の見方や相場等についていっぱしの質問をしたが、もともと基礎知識が乏しいのだから商談は一向に進捗しない。傍らの妻も反物のことは皆目わからないと言う。結局、言い値より一万円ほど安くさせて買い求めたが、後日、知合いの呉服屋に見てもらったところ、何とにせもの偽物で、しかも島田市内で買うより二割くらい高かった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;訪問販売の場合は品質と相場の分からない商品が多く、消費者の無知につけこんで、今買わないと損ですよという気持にさせて買わせる。考える時間、情報を手に入れる時間を与えないのが彼らの常套手段で、購買意欲を巧みに刺激する。私は大島紬にこ懲りて以後訪問販売には注意するようになった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;このたびの消火器の場合は、営業マンをしばらく待たせて島田防災設備へ問い合わせるべきであった。③の「値段が高いと思ったら買わないこと」は、一度経験してほぞ臍を噛めば後はほぼ実行できる。しかし、②の「不要なものは早く処分する」ことはなかなか出来そうでできない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私の場合、数年前に家を建て替えるため引っ越す時、不要品や使用しないものをかなり沢山処分した。もっと早く処分すれば狭いと思った家をもっと広く使え、欲しいものを探す時間を節約できたのにと思ったが、万事、『勿体無い』という時代を生きてきた私たち夫婦には、それができなかったのである。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（平成十七年一月）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6981430926213328182-7059221854596092379?l=helthlife.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://helthlife.blogspot.com/feeds/7059221854596092379/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6981430926213328182&amp;postID=7059221854596092379&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/7059221854596092379'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/7059221854596092379'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://helthlife.blogspot.com/2008/05/blog-post_20.html' title='消火器　３'/><author><name>いつもの人</name><uri>http://www.blogger.com/profile/05729833199635797577</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp1.blogger.com/_E3Qv76ToIuY/SBZP7-uq_FI/AAAAAAAAAAc/n_aM3vhDo00/S220/RIMG3364.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6981430926213328182.post-9011088096661763531</id><published>2008-05-19T22:09:00.002+09:00</published><updated>2008-05-19T22:13:56.464+09:00</updated><title type='text'>消火器　２</title><content type='html'>　営業マンが帰ってから、念のために中溝町にある島田防災設備㈱に電話で問い合わせてみると、薬剤質量三キロの新品は八〇〇〇円、詰め替え五〇〇〇円、処分費八〇〇円であった。営業マンの言う金額が不当に高いと思った私の直感は当たっていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　　　　　　　　栄広プロビジョン　　　　　　　　　　　　　　　島田防災設備&lt;br /&gt;　新品　　　一本　　一五〇〇〇円（特価九五〇〇円）　　　八〇〇〇円　　　　　　　　　&lt;br /&gt;詰め替え　一本　　　七五〇〇円　　　　　　　　　　　　　　　五〇〇〇円　&lt;br /&gt;処分費　　一本　　　一五〇〇円　　　　　　　　　　　　　　　　　八〇〇円&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　結局私は、新品で一五〇〇円高いものを買い、その上、処分費で七〇〇円も余計に支払うところであった。　更に念のためインターネットで調べてみると、薬剤質量三キロの同じ消火器（富田工業製）が定価一六八〇〇円、大特価三一五〇円とあった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　このような表示を見ると、一体どれが正常な価格か消費者は戸惑ってしまう。　数日経って処分する二本を取り出してよく見ると、製造年が一九八八年と一九九九年であった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;また、九九年型と新品の〇四年型を比較してみたら、消火力単位、放射距離、耐圧試験圧力値、薬剤質量、総重量は同じであるが、放射時間は九九年が約十四秒、〇四年型は約十五秒であった。薬剤の総量が同じで、放射時間が一秒長くなったのだから、一時に放出する量は少なくなることになる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これでは性能が良くなったとは到底考えられない。営業マンの説明はあてにならないとつくづく思った。　そして、この消火器の購入をめぐって、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;①消火器の本数と置き場所は、自分だけでなく家族全員がいつも覚えていなければならない。出火の際、消火器を探し出すまで火は待っていてくれないのだから、詰め替えに来た営業マンから言われて探すということ自体が間違っている。われながら恥ずかしい限りだ&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;②物置にあった八八年型の期限切れ消火器は早く処分すべきであった。火災発生のさい使おうとして作動しないと損害が大きくなるから却って無い方がいい。これも分かりきった当然のことなのに、なぜ私は処分しなかったのだろう&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;③値段が高いと思ったら買わないことである――と反省した。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6981430926213328182-9011088096661763531?l=helthlife.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://helthlife.blogspot.com/feeds/9011088096661763531/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6981430926213328182&amp;postID=9011088096661763531&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/9011088096661763531'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/9011088096661763531'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://helthlife.blogspot.com/2008/05/blog-post_19.html' title='消火器　２'/><author><name>いつもの人</name><uri>http://www.blogger.com/profile/05729833199635797577</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp1.blogger.com/_E3Qv76ToIuY/SBZP7-uq_FI/AAAAAAAAAAc/n_aM3vhDo00/S220/RIMG3364.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6981430926213328182.post-2860219081061896561</id><published>2008-05-18T22:24:00.004+09:00</published><updated>2008-05-23T12:23:36.474+09:00</updated><title type='text'>消火器　１</title><content type='html'>　十月初め、ある消火器販売会社から消火器の詰め替えを知らせる葉書が届いた。私の町内では毎年九月と十二月に防災訓練を行っているが、二十年ほど前の訓練のとき、粉末消火器を使用して火を消す実演があった。私はその消火能力を納得して、防災委員長の奨めるままに栄広の消火器を買った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;中身の薬品の有効期間が五年なので以来、五年毎に詰め替えに来ていたようだ。葉書を見て、もう五年経ったのか早いものだ、と思った。　一週間ほど経ち、営業マンが来て「詰め替えの時期になったので参りました」と言った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私が玄関の隅に置いてあった消火器を出すと、彼は「他にもあるでしょう」という。そう言われて、あちこち探したすえ物置の隅に一本あるのを見つけた。更にもう一本あるかもしれないと思って探したが分からなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;締まらない話だが、私は置き場所だけでなく、わが家に消火器が何本あるのかも忘れてしまっていたのである。　詰め替え料金は一本七五〇〇円で、ちょっと高すぎるような気がした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;せっかく費用をかけても、置き忘れてしまうようでは所詮無駄なので、これからは一本にして台所に置くことにしようと思った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;営業マンに私の考えを伝えると、彼は、「一本だけなら新品はどうでしょうか。新品は一本一五〇〇〇円ですが、今は特別売り出し期間中なので九、五〇〇円です。詰め替えと二〇〇〇円違いで新品になります。新品は一段と性能がよくなっています」と言う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「何が良くなったんですか」「高さが低くなり直径が太くなりました。薬品の容量は同じですが、一時に放出する量を多くしたので消火能力が強くなっています。」　それで果たして性能がよくなったと言えるかどうかよく分からない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;また、一五〇〇〇円のものを何故五五〇〇円も値引きできるのかも解らないが、詰め替えて長く放置するとホースの部分が劣化しているかもしれないと思い、新品を一本買うことにした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして、「古い二本を持って行って下さい」と言うと、「処分費用が一本一五〇〇円かかります」と言い、「一本は差し替えだから無料でしょう」と言ったら、「駄目です」とのことであった。処分費用がどうも高いと思ったので、自分で処分することにした。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6981430926213328182-2860219081061896561?l=helthlife.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://helthlife.blogspot.com/feeds/2860219081061896561/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6981430926213328182&amp;postID=2860219081061896561&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/2860219081061896561'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/2860219081061896561'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://helthlife.blogspot.com/2008/05/blog-post_18.html' title='消火器　１'/><author><name>いつもの人</name><uri>http://www.blogger.com/profile/05729833199635797577</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp1.blogger.com/_E3Qv76ToIuY/SBZP7-uq_FI/AAAAAAAAAAc/n_aM3vhDo00/S220/RIMG3364.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6981430926213328182.post-5475440664108930807</id><published>2008-05-17T23:35:00.001+09:00</published><updated>2008-05-17T23:36:58.783+09:00</updated><title type='text'>抽象画の美　４</title><content type='html'>〔抽象画をどのように考えたらいいか〕　浜名湖の花博には印象派の巨匠モネが愛した魂のアトリエともいうべき「モネの庭」というコーナーが設けられた。印象派の作家たちは「自然は作者自身の感覚が現場でとらえたそのときの印象として描くべきだ」と考え、従来の絵画に比べると大胆でスピード感のあるタッチになった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし、印象派が生まれた一八七〇年代の初めの頃には印象派の絵は画壇からも一般観衆からもさんざんな酷評をうけた。現在では高く評価されている印象派の画法も当時の画壇の最先端を行くものであっただけにこと画壇に限らず、風あたりも強かったのであろう。現状を変革しようとすると、必ず、それに反対し批判するものが出てくる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;印象派は今までの画法とそれほど違わないのに、ただ印象を重視する画法であるというだけで相当な抵抗をうけたのである。ま況して抽象画は、心に感ずるもの、四次元の世界という、今までと全く異なるものを表現しようとするのであるから、一般観衆に理解されにくいのは至極当然である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　とは言え、物理学の四次元の世界についてはどのように説明されてもむずかしいが、抽象画を観るのは感覚の問題であるから、基本的なものをマスターしさえすれば観る者の意欲と素質次第で案外らくに入ってゆけるらしい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ある手引書には抽象画の理解の仕方についてあらまし次のように記している。一、抽象画が分かりにくい理由は、時代の最先端ともいうべき点にある。二、作者の動機や意図を知る方がいい。それが分からなくても、よく観ることによって、作品から何かを感じとり、鑑賞者自身が独自に分析し、解釈を試みることが必要である。作品の画題が絵を理解するヒントになる。三、抽象画について多少の知識を持ち合わせること。作品の解説を聞いたり、一般人向けの平易な評論やテレビの美術番組を見ること。四、現代社会では「労働と時間のかけ具合と価値は比例するものだ。遊び心で造ったものは価値がない」という感覚が主になっているが、抽象画の評価基準は、これとは全く別である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私は、抽象画を理解するにはこれらの努力の他にある程度の素質が必要ではないかと思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ある日、Ｎさんとその絵画の師Ｓさんが拙宅を訪れたので、しばらく抽象画について雑談した。Ｓさんに前述した抽象画「白に白」の写真を見せると、「私は感じます」と言われた。なるほど流石はプロ、画家とはそういうものかと思った。念のためＮさんの絵画について訊ねると、「これは抽象画ではありません。抽象画もどきの写実画です」とずばり言われた。Ｎさんも神妙に耳を傾けていたが、なるほどＮさんが自らの作品を半具象画という理由が分かったような気がした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;｢追記｣Ｎさんが自画像をモチーフにしてデフォルメした五十号の作品は、画壇への登竜門である二〇〇五（平成十七）年秋の二科会の展覧会に、また、別の作品も平成十八年度静岡県芸術祭絵画の部に、それぞれ入選を果たした。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6981430926213328182-5475440664108930807?l=helthlife.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://helthlife.blogspot.com/feeds/5475440664108930807/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6981430926213328182&amp;postID=5475440664108930807&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/5475440664108930807'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/5475440664108930807'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://helthlife.blogspot.com/2008/05/blog-post_5697.html' title='抽象画の美　４'/><author><name>いつもの人</name><uri>http://www.blogger.com/profile/05729833199635797577</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp1.blogger.com/_E3Qv76ToIuY/SBZP7-uq_FI/AAAAAAAAAAc/n_aM3vhDo00/S220/RIMG3364.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6981430926213328182.post-3959471352562091762</id><published>2008-05-16T23:49:00.001+09:00</published><updated>2008-05-16T23:50:17.354+09:00</updated><title type='text'>抽象画の美　３</title><content type='html'>〔人間は何故抽象画を描くようになったか。〕　眼（視覚）、耳（聴覚）、鼻（嗅覚）、舌（味覚）、皮膚（触覚）に感ずるものを五官といい、五感のほかにあるとされる感覚で鋭く物事の本質をつかむ心のはたらきを第六感という。人間は太古から五官の中の眼によって存在を確認したもの―風景、人物、動物など―を描いてきたが、一九世紀の終わり頃から一部の画家は第六感の心に映じた喜怒哀楽のイメージをも描くようになった。しかし心に感ずるイメージには形がないから、必然的に抽象的な表現にならざるをえない。人間は本来、未知なもの、新しいものに挑戦しようとする意欲を持っているので、抽象画が発生したことは自然の流れであると思う。これが抽象画を描くようになった第一の原因であろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　次に第二の原因は、人間が四次元の世界を絵に表現しようとしたからではないだろうか。一九〇五年、アインシュタインは相対性理論を首唱した。四次元の世界とは、われわれの認識する空間のように、連続体の広がりの次元が三つあるとする理論に、時間の一次元を加えた時空間をさす。相対性理論によれば、物理法則は四次元空間の中で記述されなければならない、とする。これによって物理学は飛躍的に進歩した。私は、抽象画は絵画の世界に於ける三次元から四次元への変化であると考える。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;即ち写実画は三次元の世界を描き、抽象画は四次元の世界を描くものと言えよう。三次元は、私たちが日常現実に目で見ている世界である。これは静止しているから誰にも容易に描ける。ところが四次元の世界ではこれに時間が加わり、時間の経過によって状況が変化するから、その変化する状況を静止した形の画面に表現することはむずかしい。例えば、鳥が飛んでいるところを描く場合、周囲の風景が固定している絵の中に飛翔の位置が時々刻々変化する鳥を幾つも描かなければならなくなる。それでは絵にならないから全く異なった表現になる。飛躍していえば、このように鳥の飛んでゆく姿をイメージとして絵に表現したいと考えたことが、抽象画のそもそもの誕生原因ではないのだろうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　動いている状態を総体的に捉えた画家の心に浮かぶ映像を描くこと―。それは、大都会の騒音に満ちた迷路、生物の胎内的な世界、おびただしい星座の移動、季節の実りと枯渇、ハイウェイでの疾走、太陽に光る潮、芳香、等などであるかもしれない。何れにしてもそれらは動いているものであるから、三次元時代とは全く異なる感覚で表現しなければならないわけである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　しかも、その抽象画の表現方法には具象的なものによる方法と具象的なものを使わない方法の二つがあるといわれる。一九三七年四月二十六日、スペインの内戦に際して反乱軍を支援したナチス・ドイツ空軍が、スペイン北部の小さな町ゲルニカを無差別爆撃し多くの市民が犠牲になった。その蛮行に憤り、抗議するため、ピカソ（一八八二～一九七三）は二十世紀最高の傑作といわれる「ゲルニカ」を描き、同年のパリ万博スペイン館に出品、絶賛を博した。叫ぶ女や母子、牛・馬などが縦三・四五メートル、横七・七六メートルのモノトーンの大画面にひしめく大作で、現在はマドリッドのソフィア王妃芸術センターに常設展示されている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;角の生えた顔や化け物のような手をした不気味な人間など百鬼やぎょう夜行を思わせる超現実的な抽象画で一寸とっつきにくいが、、よく鑑賞すれば絵心のない人でも、市民の怒りをひしひしと感じ、なお大量虐殺を続ける人類の暗部を映す鏡のように見える、という。私の知人のＭ君は、地雷によって片足を無くした少年を描いて戦争の悲惨さを訴える反戦思想を表現した。抽象画でもこのように具象的なものが描かれていれば、作者の表現しようとする意図を私のような素人でもイメージし易い。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかしすべてを抽象的な表現によって描かれた抽象画は、観る者が作者と同じ第六感を持たなければ、たとえ画題が明記されていても、何が表現されているのか見当もつかない。例えばロシア人カジミール・マレーヴィチは一九一八年に「白に白」という抽象画を描いたが、それは白い下地の画面にほんの少し色の濃い白い四角な形が描いてあるものである。フランス人の画家アルフォンス・アレーは一八八三年に真っ白な紙を、「雪の中で初めて聖体を拝領する貧血の少女」と題して、パリーの展覧会に出品した。それから一年後、今度は真っ赤な紙を展示して、「紅海沿岸でトマトを収獲する高血圧で赤ら顔のすうき枢機きょう卿」と名付けた。このような抽象画を観た時、たいがいの人には画題名を読んでも、これが何を表現しようとしているのか分かりにくいし、また何の感動も湧かないであろう。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6981430926213328182-3959471352562091762?l=helthlife.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://helthlife.blogspot.com/feeds/3959471352562091762/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6981430926213328182&amp;postID=3959471352562091762&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/3959471352562091762'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/3959471352562091762'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://helthlife.blogspot.com/2008/05/blog-post_16.html' title='抽象画の美　３'/><author><name>いつもの人</name><uri>http://www.blogger.com/profile/05729833199635797577</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp1.blogger.com/_E3Qv76ToIuY/SBZP7-uq_FI/AAAAAAAAAAc/n_aM3vhDo00/S220/RIMG3364.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6981430926213328182.post-4212543668906849513</id><published>2008-05-15T22:28:00.001+09:00</published><updated>2008-05-15T22:43:28.539+09:00</updated><title type='text'>抽象画の美　２</title><content type='html'>しかし私にとっては、なぜ白い壁を赤くしたのか、真っ直ぐな手すりを何故わざわざ曲げたのかが不可解なので、その点にひっかかって、残念ながらＮさんの絵には美を感じたり感動をうけたりしなかった。そして、世の中にはこのような抽象画を観て美しいと思う人がかなりいることを不思議に思った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　絵画は写実画でも写真のように実物と殆ど同じように描けばいいというのでなく、作者の表現したい点を強調して描くものだ。況んや抽象画は表現が元来抽象的なのであるから、作者の描こうとするイメージがはっきりしていて、鑑賞する人にそれがスムーズに伝わらなければならないのではないかと思う。鉄筋コンクリートの建築物といえば冷酷、無愛想、孤独、頑固などを連想させるが、いったいＮさんは何を表現しようとしたのだろうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;後日、その点をＮさんに訊くと、「この作品は抽象画ではなく半具象画というべきもので、私の心のなかに生じたイメージをディフォルメして現代人の抱く不安感を描いたつもりですが、まだ未熟なのでー」と言われたが、抽象画ではなく、半具象画というジャンルがあることを私ははじめて知った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　そもそも絵画は何のために描くのだろうか。絵画は彫刻、建築、工芸などと同様に美を視覚的に表す芸術の一つである。美といっても単なる視覚的な美だけでなく、人間を豊かにするもの、例えば静寂、平和、怒り、努力、希望、喜び、楽しさ、哀愁など、人間の心に訴え感動を与えるものすべて含むと思う。従って私は、写実画であろうと抽象画であろうと、人間の心に大きな感動を与えるものが良い絵画だと考えている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　絵画の値段は号いくらという市場価値の基準があって、画商がそれなりに価格を決めて取引される。しかし、それはあくまでも市場における売買価格であり、本来その絵画の真の価値は、観る人が受ける感動の大きさによって決まるものだと思う。私はＮさんの抽象画（Ｎさんによれば半具象画）に何らの感動も受けなかったが、勿論それは私個人の問題であって、この絵の正当な評価では決してない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;つづく&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6981430926213328182-4212543668906849513?l=helthlife.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://helthlife.blogspot.com/feeds/4212543668906849513/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6981430926213328182&amp;postID=4212543668906849513&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/4212543668906849513'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/4212543668906849513'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://helthlife.blogspot.com/2008/05/blog-post_15.html' title='抽象画の美　２'/><author><name>いつもの人</name><uri>http://www.blogger.com/profile/05729833199635797577</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp1.blogger.com/_E3Qv76ToIuY/SBZP7-uq_FI/AAAAAAAAAAc/n_aM3vhDo00/S220/RIMG3364.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6981430926213328182.post-1448251898978201805</id><published>2008-05-14T23:10:00.003+09:00</published><updated>2008-05-14T23:13:43.974+09:00</updated><title type='text'>抽象画の美　１</title><content type='html'>知人のＮさんからグループナウＮＯＷのゆさい油彩画作品展の案内状を頂いたので、六月末 、島田市大津の会場「ギャラリー発見」へ行ってみた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　このグループは藤枝市のＡ先生が主宰しているもので、会場には九人の会員の三十点と、Ａ先生の二点の作品が展示してあった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Ｎさんは四点出品、その中の三十号の「階段のある風景」が代表作と思われるので、その絵について非礼を顧みず私見を述べることにする。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その絵画は昨年島田市の中心部に建てられた鉄筋コンクリート造り三階建てのビルの一部を描いたもので、同じような位置から描かれた他の会員の作品も七点あった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Ｎさんの絵はビルの壁が赤色で、建物の外側に付いている非常階段の手すりが異様にひん曲 っている。Ｎさんの絵の右側に、同じ構図のＩさんの絵が展示されてあったが、壁は白で手 すりは真っ直ぐである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Ｉさんの絵は現実をそのまま表現した写実画で、鑑賞眼に乏しい私でもよく分かり安心して観れる。それに較べＮさんの絵はいわゆる抽象画で、対象の写実的再現ではなく、彼女の心に浮かんだイメージのままに事物を色彩や形状で表現しているのであろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;従って現実は白い壁でも、心象が赤色ならば赤く表現し、直線の手すりが曲っているとイメージすれば曲げて描くのだと思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Ｎさんは自分の感覚を基準とし、現実と異なる色や形を使って自分の心象風景を強調することによって、美をより的確に表現しようとしたものと思われる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;つづく&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6981430926213328182-1448251898978201805?l=helthlife.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://helthlife.blogspot.com/feeds/1448251898978201805/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6981430926213328182&amp;postID=1448251898978201805&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/1448251898978201805'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/1448251898978201805'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://helthlife.blogspot.com/2008/05/blog-post_14.html' title='抽象画の美　１'/><author><name>いつもの人</name><uri>http://www.blogger.com/profile/05729833199635797577</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp1.blogger.com/_E3Qv76ToIuY/SBZP7-uq_FI/AAAAAAAAAAc/n_aM3vhDo00/S220/RIMG3364.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6981430926213328182.post-4999625170510452188</id><published>2008-05-13T23:42:00.001+09:00</published><updated>2008-05-13T23:43:53.553+09:00</updated><title type='text'>自転車泥棒　３</title><content type='html'>　ふと、ずっと昔に観たイタリア映画「自転車泥棒」を思い出した。一九八四年製作の米アカデミー外国映画賞を受けた巨匠ヴィットリオ・デ・シーカ監督の作品である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　明日がやっとありついた父の初仕事の日ということで、小学校四年生くらいの息子は自転車をぴかぴかに磨いて父を送り出そうと張り切っている。仕事はポスター貼りだ。だから自転車は必需品だ。ところが、父がはしごに登って大きなポスターを貼っているうちに自転車を盗まれてしまう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;第二次世界大戦直後のイタリアは仕事にありつくのは至難のわざ業。商売道具の自転車を盗まれては仕事にならない。親子は悲惨な状況に陥る。友人もいっしょに探してくれたが見つからない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;思い余った父親は息子に先に帰るように言って、自分は他人の自転車を盗んだ。が、見つかって取り押さえられ、袋叩きにあう。その様子を帰る電車に乗り損ねた息子が見ていた。子供の目の前で屈辱にまみれ絶望に打ちひしがれた父親。その父親の手を息子がそっと握りしめる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　このラストシーンの「切なさ」と「やりきれなさ」が観客の心を打つ名作であった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　盗まれた人間が、やむにやまれず盗みをはたらかねばならないという厳しい社会状況。そのような貧しさは戦中戦後の日本にもあり、そこから抜け出そうとして人々は一生懸命働いた。そして、社会は豊かになり一億飽食の時代にはなったが、ついぞ予期した「衣食足りて礼節を知る」時代にはならなかった。のみならず、国民が等しく豊かになれば盗みはなくなるだろうとの期待はあったが、現実に豊かな時代になっても盗みは依然として横行している。まさに、弁天小僧の浜松屋のせりふ「石川や、浜の真砂は尽きぬとも、世に盗人の種は尽きまじ」、である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　けれども、昭和の末頃までは、こそ泥を含め盗難はあるにはあったが、現在ほどひんぱんではなかったように思う。貧しくても、親は吾が子に対して他人のものを盗むな、他人に迷惑をかけるな、と厳しくしつけ、それなりの効果があった。今は自転車の盗難などは日常茶飯事となり、罪悪感が希薄になってしまったようだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　しかし、このままでいい訳がない。聖書にも、仏教の本にも盗むなと教えてあり、それは道徳の基本である。如何に豊かになっても、それが守れない世の中では人間は真の幸せになれない。これからは経済成長はゆっくりでいいから、人々が道徳の基本を守り安心して楽しく暮らせる世の中にしたいものである。それは人々の意識をかえることで大変むずかしいとは思うが、憲法改正よりも優先して取り組むべき喫緊の要事ではないだろうか。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6981430926213328182-4999625170510452188?l=helthlife.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://helthlife.blogspot.com/feeds/4999625170510452188/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6981430926213328182&amp;postID=4999625170510452188&amp;isPopup=true' title='1 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/4999625170510452188'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/4999625170510452188'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://helthlife.blogspot.com/2008/05/blog-post_13.html' title='自転車泥棒　３'/><author><name>いつもの人</name><uri>http://www.blogger.com/profile/05729833199635797577</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp1.blogger.com/_E3Qv76ToIuY/SBZP7-uq_FI/AAAAAAAAAAc/n_aM3vhDo00/S220/RIMG3364.JPG'/></author><thr:total>1</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6981430926213328182.post-6358471029632264240</id><published>2008-05-12T23:09:00.002+09:00</published><updated>2008-05-12T23:12:53.602+09:00</updated><title type='text'>自転車泥棒 ２</title><content type='html'>　私の事務所では今年の春ごろにも、同じように自転車を盗まれかかったことがあった。事務所の前に置いてあった自転車に、通りすがりの五十過ぎの男が乗って走り出そうとした。事務員が急いで外へ出て、「それはうちのものですよ」と声をかけたら、「すみません」と言って自転車を置いて逃げるように早足で立ち去ったという。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この程度のことは窃盗未遂として届け出ても罪科に問われないらしいので、そのままで終わってしまった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　最近、私自身にもこんな経験があった。ある雨の日にプラザおおるりで会合があり、西側の入口にある傘立てに濡れた傘を入れた。会合が終わって帰るときに傘がなくなっていた。その傘は数年前に旧駅通りの馴染みのしにせ老舗で二五〇〇円で買い求めた、男ものの大きなこうもり傘であった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;買う際に、店の主人の手で傘の柄に私の住所氏名を彫り付けてもらい、私はそれを愛用していた。腹が立ったが手の施しようもない。幸い雨が止んでいたので濡れずに帰れたが、降っていたら誰か他人の傘をさして帰ろうかという不届きな気持ちが生じたかもしれない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　それからまた、一週間ほど経った雨の日に、近くのスーパーへ行き入口の傘立てに傘を入れ、買い物をして帰りに見ると無くなっていた。店長に文句を言ったがどうしようもない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その傘は、プラザおおるりで無くなった傘の予備として、同じ店で一年ほど前に買ったものだった。その店は主人が亡くなって息子さんが店を継いでいるが、彼はワープロで私の住所氏名、電話番号を記入したラベルをつくり傘の柄に貼ってくれた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その傘が盗られたのである。しかもおおるりでの盗難の一週間後に。傘の盗難が二件続いたあと、一ヵ月も経たないうちに自転車の盗難に遭ったのだった。経済的な損失はなかったものの、私は気が滅入った。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6981430926213328182-6358471029632264240?l=helthlife.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://helthlife.blogspot.com/feeds/6358471029632264240/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6981430926213328182&amp;postID=6358471029632264240&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/6358471029632264240'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/6358471029632264240'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://helthlife.blogspot.com/2008/05/blog-post_12.html' title='自転車泥棒 ２'/><author><name>いつもの人</name><uri>http://www.blogger.com/profile/05729833199635797577</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp1.blogger.com/_E3Qv76ToIuY/SBZP7-uq_FI/AAAAAAAAAAc/n_aM3vhDo00/S220/RIMG3364.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6981430926213328182.post-7106526265168890177</id><published>2008-05-11T08:23:00.002+09:00</published><updated>2008-05-11T08:27:08.143+09:00</updated><title type='text'>自転車泥棒　１</title><content type='html'>「先生、自転車を盗まれました。」棟続きの自宅で用事を済ませて事務所へ戻った私に、女子事務員から待っていましたとばかりに報告があった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　九時半ごろ、事務所の前に置いてある自転車に誰かがさわっているのが入口のドアのガラス越しに見えた。何をするのかと不審に思っているうちに自転車に乗って走り出した。事務所から飛び出して声を掛けたが、聞こえぬふりしてスピードをあげて走り去った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;身長一・七メートルくらいの学生服を着た高校生風だった。すぐに駅前の交番に連絡して盗難届を出した、という。　自転車は十一年前に二万円ほどで買った赤色の軽快車で、フェンダーに私の住所氏名がマジックで書いてある。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;償却済み同然の中古車だが、無ければ新しく買わなければならない。警察へ届け出ても盗難車を見つけ出すことは恐らくむずかしいであろう。忌々しいことだと舌打ちした。　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その晩の七時ごろ、三ツ合町の杉本さんという主婦から電話がかかってきた。杉本さん宅の近くにある駐車場の隅に私の自転車が横倒しになっていて、夜になってもそのままなので盗難車かと思い自宅に一時保管した上で、ご親切にも自転車に書いてある住所から私の電話番号を調べて電話してくれたのだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私は丁重に礼を述べ、明日受け取りに伺うことにした。そして駅前交番に盗難車が見つかったことを報告した。　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;翌日は土曜日で事務所は休みであった。私は車に乗れないので自転車を受け取りに行くのを誰かに頼もうかと思案していたら、交番から電話があった。「今から自転車を引き取りに行ってきます」「自転車を取りに行くのは私の方で行きますから、いいですよ」「いいえ、指紋が採取できれば取りたいと思いますから、こちらで行きます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして、自転車はお宅へ届けます」　お巡りさんの親切な言葉に私は恐縮した。杉本さんと警察のご好意によって自転車は無事戻り一件落着したわけだが、私の心は何故か晴れ晴れしなかった。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6981430926213328182-7106526265168890177?l=helthlife.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://helthlife.blogspot.com/feeds/7106526265168890177/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6981430926213328182&amp;postID=7106526265168890177&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/7106526265168890177'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/7106526265168890177'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://helthlife.blogspot.com/2008/05/blog-post_11.html' title='自転車泥棒　１'/><author><name>いつもの人</name><uri>http://www.blogger.com/profile/05729833199635797577</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp1.blogger.com/_E3Qv76ToIuY/SBZP7-uq_FI/AAAAAAAAAAc/n_aM3vhDo00/S220/RIMG3364.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6981430926213328182.post-7763618119848109000</id><published>2008-05-10T23:34:00.001+09:00</published><updated>2008-05-10T23:36:20.901+09:00</updated><title type='text'>しぐれ　３</title><content type='html'>「今朝はあんなに天気がよかったのに。女心と秋の空というのは本当ですね」と私が言うと、隣りに腰かけていた廸可が、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「それは男心と秋の空というのですよ」と言い返してきた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　これをきっかけに雑談が始まった。いろいろな噂話がひとしきり済んで食べ物の話になる。鰻、天ぷら、トロ、ビフテキ、いろいろ皆の好きなものが出てきたので、私が、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「僕は鮎がいいな」と言うと、廸可が思い出したように言った。「ねえぇ、どでごんす」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「なんです？」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　顔を右に向けると、廸可の白いうなじがすぐ眼の前にあった。彼女は私の視線をそらすように下を向きながら言う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「あのね、鮎の一番おいしい頂き方、ご存じ？」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「うーむ、僕はやっぱり塩焼きだね。やなで獲れたての鮎を串にさし、甘塩で焼いて食べるのが一番だよ」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「いいえ、そうではありません」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「へえー、じゃあどのようにして食べるの？」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「新鮮な鮎を笹でくるくるとくるんで火にかけるの。そしてこんがり焼けたところで食べるのが一番おいしいのですって」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「ふうん、そうかねえ」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「これを、鮎の笹焼きというの」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私がそれがどのようなものかと思案しようとした途端、廸可のさも愉快そうな声高の笑い声がおきた。それは「愛のささやき」のことであり、それをまともに考えた私はまんまと乗せられてしまったのである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　このようなとりとめもない雑談をしているうちに、西の空が明るくなって雨が上がった。釣瓶落しに日が暮れかかってうそ寒い風が少し強く吹き始めたころ、私たちは無事に療養所に帰りついた。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6981430926213328182-7763618119848109000?l=helthlife.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://helthlife.blogspot.com/feeds/7763618119848109000/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6981430926213328182&amp;postID=7763618119848109000&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/7763618119848109000'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/7763618119848109000'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://helthlife.blogspot.com/2008/05/blog-post_10.html' title='しぐれ　３'/><author><name>いつもの人</name><uri>http://www.blogger.com/profile/05729833199635797577</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp1.blogger.com/_E3Qv76ToIuY/SBZP7-uq_FI/AAAAAAAAAAc/n_aM3vhDo00/S220/RIMG3364.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6981430926213328182.post-3499846999701714228</id><published>2008-05-09T23:56:00.000+09:00</published><updated>2008-05-10T00:45:40.633+09:00</updated><title type='text'>しぐれ　２</title><content type='html'>昼食を済ませると午後の安静時間をサボって、男女三人ずつ六人でのび野火どめ止の臨済宗妙心寺派の名刹、金鳳山平林寺へ出かけた。清瀬の駅から志木行きのバスに乗って十五分足らずで降り、それから歩いて約十五分の距離であった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　うっそう鬱蒼たる老杉が参道を覆い、山門両脇の仁王像は、いかにも由緒ありげに思われた。手入れの行き届いた境内をきよらかな野火止用水が流れ、禅宗寺院らしく茅葺の庫裏がひな鄙びた内庭と調和し弥が上にも静寂さを感じさせる。この寺では今でも雲水が修行しているという。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　その帰り道、リヤカーのやっと通れるくらいの細道が畑の中をしばらく続いたあと、雑木林の中へ曲って入ってゆく。しーんと静まりかえった林の中の、落ち葉の敷かれた小径をゆっくり進むと、突然足元から野鳥が飛び立った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　林を外れかけたところで、俄に曇ってきた。これは困ったなと思っているうちに、ぽつりぽつりやってきた。さてどうしよう、何処か雨宿りする所はないかと思って見廻すと、三百メートルほど先に農家が見える。雨脚が次第に激しくなって来たので、皆は小走りに駆けだした。廸可は私と並んで後ろの方からゆっくり歩いていたが、前の連中につられて駆け出した。そのとたん、彼女は小石につまずいて転びそうになったので、私は咄嗟に彼女の手を取って握りしめ支えてやった。その手はか細く柔らかで冷たかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「少しくらい濡れてもいいから、ゆっくり行きましょう」と私は言った。廸可は肺活量が少なく、しかも手術後三か月足らずなので、もともと駆けるのは無理であった。二人は遅れて農家の軒下に入り、私はハンカチで彼女の肩から背中の雨を拭いてあげた。私達六人は南向きの縁先を借りて並んで腰を下ろし、しばらく雨宿りをさせてもらうことにした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　武蔵野の広い広い野末から野末へと、林をこえ、森をこえ、田畑をわたり、また林をこえて、しのびやかにしぐれが通り過ぎてゆく。畑のずっと向こうの雑木林が、墨絵のようにかすんで見える。晴れている時とは違った風趣があたりに漂い、ひたひたとささやくようなしぐれが地面に吸い取られてゆく。縁先の庭にある柿の木の梢に三つほど取り残された赤い実が雨にうたれて冷たそうに見え、庭の隅にある大きな欅は通り雨を事ともせず濡れるに任せている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　時雨は一向に止みそうもない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;つづく&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6981430926213328182-3499846999701714228?l=helthlife.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://helthlife.blogspot.com/feeds/3499846999701714228/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6981430926213328182&amp;postID=3499846999701714228&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/3499846999701714228'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/3499846999701714228'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://helthlife.blogspot.com/2008/05/blog-post_5933.html' title='しぐれ　２'/><author><name>いつもの人</name><uri>http://www.blogger.com/profile/05729833199635797577</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp1.blogger.com/_E3Qv76ToIuY/SBZP7-uq_FI/AAAAAAAAAAc/n_aM3vhDo00/S220/RIMG3364.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6981430926213328182.post-1009067695765184350</id><published>2008-05-09T06:36:00.000+09:00</published><updated>2008-05-09T06:37:27.694+09:00</updated><title type='text'>しぐれ　１</title><content type='html'>　昭和三十一年秋、私は東京の郊外、清瀬町の結核療養所に入所した。私の入った五号室は男八人の大部屋だが、全員が高専卒以上で歳も三十歳前後であったせいか話がよく合った。三つ隣りの一号室には二十代前半の美女八人がベッドを並べていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　入所して二、三日経ったころ、この女性達と親睦を深めようと食堂で茶話会を催した。自己紹介がひとわたり済み余興に入ったとき私は、少年のころ父から教えてもらった数え歌を唄った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　ひとつとや　一つは正月のことなれば　　　門松飾りはどでごんす　どでごんす&lt;br /&gt;　それは四本の箸と一つの盃を使って十二か月の代表的な風物を順次紹介する数え歌であるが、結語の囃し言葉「どでごんす」が皆の印象に残ったとみえて、それ以来、私に「どでごんす」というあだ名が付けられた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　この茶話会以後、彼女たちと気軽に散歩をしたり、雑談したりするようになった。その中の一人に東京から来た手島みちか廸可がいた。彼女は背がすらりとして眼が綺麗で、額が心做し広いせいか髪を前でくるくるとカールしていた。二十三、四歳くらいで、何事もひかえめな落着いた感じの女性であった。&lt;br /&gt;　十一月も終わりに近い或る日曜日の朝、廸可から声がかかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「どでごんす、平林寺へ行かない？」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私は二つ返事で承知した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;つづく&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6981430926213328182-1009067695765184350?l=helthlife.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://helthlife.blogspot.com/feeds/1009067695765184350/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6981430926213328182&amp;postID=1009067695765184350&amp;isPopup=true' title='1 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/1009067695765184350'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/1009067695765184350'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://helthlife.blogspot.com/2008/05/blog-post_09.html' title='しぐれ　１'/><author><name>いつもの人</name><uri>http://www.blogger.com/profile/05729833199635797577</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp1.blogger.com/_E3Qv76ToIuY/SBZP7-uq_FI/AAAAAAAAAAc/n_aM3vhDo00/S220/RIMG3364.JPG'/></author><thr:total>1</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6981430926213328182.post-2935512066224045795</id><published>2008-05-07T22:56:00.002+09:00</published><updated>2008-05-07T23:01:03.466+09:00</updated><title type='text'>かわいい女２</title><content type='html'>　私はある時、女友達にこんな質問をした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「かわいい女というと、あなたはどんな女を連想する？」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　彼女は少し小首をかしげから応えた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「それは馬鹿な女ね」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「うん、いい線いってる」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「えーと、それから馬鹿なだけでなく、ちょっぴり賢くないと駄目ね」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　こんなところがかわいい女の横顔であろうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　男は概して自分の女房に対して優越感を持ちたいと思うものであるが、そのためには自分より能力の低い女と結婚すればよい。しかし、男は一方ではなるべく頭のいい吾が子を欲しいと願うから、そのためには賢い女と結婚するほうが望ましい。かくして男はかわいい女か賢い女かの選択に迷うのである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私の知っている若者が最近結婚した。高校時代から付き合っている女性がおり、気立てがよく非常にしっかりしていて、親も承知していたので、当然その女性と結婚するだろうと私は予想していたが、結局は三つ年下の平凡な女性と結婚した。彼はいろいろ迷ったあげく、賢い女よりかわいい女を選んだのであろうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　望月さんの次に立った新郎の友人の祝辞が長く続くのを聞きながしながら、私は考えた。このごろの演歌調の歌謡曲は、ヤングものから中年向きのものまで「あなたの望む事なら私は何でもする。あなたが欲しいなら私のすべてをあげる。その代わり私をかわいがってちょうだい」といったような内容の歌詞である。自己を主張せず常に無条件服従のかわいい女がなぜ男にも女にも望まれるのであろうか。男にとっては、女をリードする見識を高める勉強をしなくてもすむからであろうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　しかし、人生は安易でない道を努力して向上するところに深い喜びがあり、また、夫に対して遠慮せずに自分の考えを伝えることができる状態になってこそ、女にとっても本当の悦びや生甲斐があるのではないだろうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私は数日前に市民会館で観た演劇、滝沢修主演の「セールスマンの死」を思い出した。あんなに理解深く優しそうに見える妻なのに、どうして彼は自殺する前に打ち明ける事が出来なかったのだろう。男にとって自分のセールス能力の低下を妻に話すのは、死ぬよりつらい事なのであろうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;あの老セールスマンは死ぬ時、自分の能力をありのままに優しく認め、温かく励ましてくれる妻を望んだのではあるまいか。或いは、彼は生きる事に疲れ厭世感を抱いて死を選んだのだろうか。それにしても、こんな事を考えるのは私も歳をとったせいかもしれない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「次は、益田さんにお願いします」という司会者の声に、私は我にかえって立ち上がった。高砂や、この浦舟に帆をあげて、月もろともに出で潮の・・・&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私は姪の新婦の好子に対して、「男がいつまでも一緒にいたいと思う女、長く暮らしても飽きのこない本当のかわいい女になるように」という想いをこめて、朗々と謡いあげた。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6981430926213328182-2935512066224045795?l=helthlife.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://helthlife.blogspot.com/feeds/2935512066224045795/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6981430926213328182&amp;postID=2935512066224045795&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/2935512066224045795'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/2935512066224045795'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://helthlife.blogspot.com/2008/05/blog-post_07.html' title='かわいい女２'/><author><name>いつもの人</name><uri>http://www.blogger.com/profile/05729833199635797577</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp1.blogger.com/_E3Qv76ToIuY/SBZP7-uq_FI/AAAAAAAAAAc/n_aM3vhDo00/S220/RIMG3364.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6981430926213328182.post-6954256015620569797</id><published>2008-05-06T09:51:00.002+09:00</published><updated>2008-05-06T09:53:43.183+09:00</updated><title type='text'>かわいい女</title><content type='html'>かわいい女&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「次は望月章江さんに、祝辞をお願いします」　司会者の声に応じて、私の隣の席にいた若い娘さんがゆっくり立ち上がった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「好子さん、岩城さん、お目出とうございます。私はこういう席に出た事がありませんので、どんな事をお話したらいいか、昨夜から考えているのですがまだ考えがまとまりません。本当に困ってしまいます」　華やかな振袖姿の右手にマイクを持ったまま、しばらく考えこむポーズをとった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「それではひとつ、昔の事をお話することにします。好子さんと私は小学校と中学が同級ですが、小学校一年生のころ、ある日私が好子さんの家に遊びに行くと、ここにご列席していらっしゃる三つ年上のお兄さんと座敷で遊んでいました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;お兄さんは釣竿を持っていましたが、そのうちに、『好子、お前、魚になれ』と言いました。すると好子さんはお兄さんの言う通りに畳の上で横になって、魚のかっこうをしてお兄さんの釣竿の先に掛かって釣られました。このように好子さんは小さい時から非常に素直で、人の言うことをよく聞く性格を持っております。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これから新郎の岩城さんが求めれば、好子さんは鰹にもひらめにも、或いはこのごろはやりの鯛焼きくんにでもすぐになって釣られるでしょう。そしてかわいいお嫁さんになって、幸せな結婚生活を送られる事と私は信じております」　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;考えがまとまらないどころではなく、ユーモアのあふれるスピーチに満場の拍手が起こり、花婿は我が意を得たりとばかりに破顔し、花嫁も顔をほころばせている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　かわいい女を男が望み、女もそれになろうとする。めでたしめでたしのはずであるが、私の心は何かそのまま受け容れられないものを感じた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;つづく&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6981430926213328182-6954256015620569797?l=helthlife.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://helthlife.blogspot.com/feeds/6954256015620569797/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6981430926213328182&amp;postID=6954256015620569797&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/6954256015620569797'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/6954256015620569797'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://helthlife.blogspot.com/2008/05/blog-post_06.html' title='かわいい女'/><author><name>いつもの人</name><uri>http://www.blogger.com/profile/05729833199635797577</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp1.blogger.com/_E3Qv76ToIuY/SBZP7-uq_FI/AAAAAAAAAAc/n_aM3vhDo00/S220/RIMG3364.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6981430926213328182.post-7918023380519033167</id><published>2008-05-05T09:04:00.003+09:00</published><updated>2008-05-05T09:14:48.216+09:00</updated><title type='text'>春風　２</title><content type='html'>　こんなことがあってから、小川さんとは時どき話し合った。と言っても、私は終日ベッドに寝ているので、話す機会は彼女が当番で私の所へ回ってくる時しかなかった。それでも、看護師の仕事の話、病院の設備や薬の話など話題が際限なく広がって楽しかった。当番になったとき彼女は、夜番でも昼番でも「今晩は（今日は）私が当番になりました」と言って、私に必ず笑顔を見せてくれた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　或る日、偶然廊下ですれ違ったとき、小川さんが満面に笑みを浮かべて「益田さん、こんにちは」と声をかけてくれた。私は嬉しかった。また夜、廊下ですれ違ったとき「益田さん、ご飯は全部食べられましたか」と親身になって訊いてくれた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　仏教に『顔施』という言葉がある。これは十の施しの中の一つで、〈笑顔で人に接し、喜びを与える〉ということであるが、私はこの顔施を受けているような気がした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　シャワー入浴で、小川さんに背中を流して貰った時は、最高の気分であった。そのとき少し時間があったので、いい顔と美しい顔の違いについて改めて話した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「女優は概ね美しい顔をしていますが、全員がいい顔にはなりません。自分の立場を十分に理解し、心からその役になりきって演ずるとき、名演技となり、観客はいい顔だと感じます。映画『鉄道員』を企画したとき、この役にはこの人しかいない、と請われて主人公を演じた高倉健が、見事にその役を演じて喝采を博しました。私もあの映画を見て、北国の小さな駅の駅長を演ずる高倉健の哀愁に滲む顔を見たとき、ああいい顔だなあ、と思いました」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　小川さんは、私にシャワーをかけながら聞いている。「あの晩、あなたは私の所へ来たとき、この患者は何か難しいことを訊きそうだが、森田さんは居ないし困った、と思ったでしょう」「はい」「ここは自分が頑張って、出来るだけのことをしなければならないと思って、あなたは開き直ったような気持ちで、私の方をしっかり見詰めました。その真剣な面差しを見て、私はいい顔だと感じたわけです」　シャワー入浴の時間があっという間に過ぎてしまった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　退院が近づいた或る日、私は私の随筆集に署名して小川さんに贈った。「お忙しいでしょうが、せめて最初の『しぐれ』だけでも読んで下さい」「いいえ。益田さんが書かれたものなら、全部読ませて頂きます」「じゃあ、これでさよならですね」　と言って、私は彼女の手をそっと握った。その手は小さく、そして温かかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　三月の末に近いころ、私は退院した。それから半年余りの月日が流れたが、小川さんの噂は風の便りにも聞かない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私は七十六歳。あれは私の老いた顔を優しく撫でて過ぎた春の風だったのかもしれない。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6981430926213328182-7918023380519033167?l=helthlife.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://helthlife.blogspot.com/feeds/7918023380519033167/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6981430926213328182&amp;postID=7918023380519033167&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/7918023380519033167'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/7918023380519033167'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://helthlife.blogspot.com/2008/05/blog-post_05.html' title='春風　２'/><author><name>いつもの人</name><uri>http://www.blogger.com/profile/05729833199635797577</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp1.blogger.com/_E3Qv76ToIuY/SBZP7-uq_FI/AAAAAAAAAAc/n_aM3vhDo00/S220/RIMG3364.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6981430926213328182.post-4092424847399264520</id><published>2008-05-03T21:54:00.002+09:00</published><updated>2008-05-03T21:56:40.784+09:00</updated><title type='text'>春風　１</title><content type='html'>二月の初め、私は肺炎治療のため市民病院に入った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　夕方になり、入室の時に世話をしてくれた看護師の森田さんが、若い看護師を連れて来て、「今夜はこの小川が当番です」と紹介した。小川さんは小柄で、白い瓜実顔と大きな眼が印象的であった。彼女は市の看護学校を卒業してすぐ市民病院に入り、三年目だという。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　その夜、高熱で苦しんだので、翌日の夕方、私はナースコールをした。すると小川さんが来て、ベッドの所ですっと腰を下げ、私を見上げるようにして「何か御用ですか」と言った。目線を患者より低くするというその動作に、私は新鮮な驚きと喜びを感じた。&lt;br /&gt;「私は耳が遠いから、もっと近くに来てください」というと、そのまますすっと近づいて「どうぞ」という顔をした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私は高熱対策を相談したかったので、ベテラン看護師の方がいいと思い、「森田さんを呼んで貰いたいのですが」と言った。すると彼女は「森田さんはもう帰りました。私で分かることなら何でもしますから、どうぞおっしゃってください」と言って、その鈴を張ったような目に力を込めて私を見詰めた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;〈この患者は困っている。私がしっかりしなければ〉という職業意識に燃えた気迫に私はけお気圧される感じがして年甲斐もなく面映い気持ちになり、彼女の表情を見ながら「小川さんはいい顔をしていますね」と思わず口走って仕舞った。彼女はきょとんとした表情をしながら横を向いたので、私は誤解されたかと思い、「いい顔と美しい顔とは少し違います。自分のやるべきことをしっかりやろうという気迫のこもった顔を、いい顔だと私は感じるのです」と慌てて付け加えた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　それからその夜の高熱対策について話し合った。これには私の医学知識の不足もあったが、小川さんの説明を七分どおり納得し、座薬を使用してその夜は無事に過ぎた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;つづく&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6981430926213328182-4092424847399264520?l=helthlife.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://helthlife.blogspot.com/feeds/4092424847399264520/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6981430926213328182&amp;postID=4092424847399264520&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/4092424847399264520'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/4092424847399264520'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://helthlife.blogspot.com/2008/05/blog-post_03.html' title='春風　１'/><author><name>いつもの人</name><uri>http://www.blogger.com/profile/05729833199635797577</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp1.blogger.com/_E3Qv76ToIuY/SBZP7-uq_FI/AAAAAAAAAAc/n_aM3vhDo00/S220/RIMG3364.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6981430926213328182.post-8740478816855335688</id><published>2008-05-02T22:32:00.002+09:00</published><updated>2008-05-05T09:15:16.789+09:00</updated><title type='text'>すんぷ夢ひろば６</title><content type='html'>　大門の前で記念撮影をして帰路につく。途中、焼津さかなセンターへ寄って土産ものを買い、予定通り午後四時に神社前に到着した。この小旅行は直接費だけでも演芸場の入場料一、三〇〇円、食事代一五八〇円の計二、八八〇円かかるのに、市社会福祉協議会から補助をうけて個人は六〇〇円の負担で参加できた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私は高齢で体力がなくなり、汽車でもバスでも遠出はできないが、今回程度の日帰り旅行ならまだ参加できる。日頃は自宅に閉じ籠り、たま偶にはどこかへ行ってみたいと思っていたところだったので丁度よかった。誘ってくれた民生委員の田中さんに感謝している。しかも、この旅で思いもかけず寄席の演芸を堪能できて、こんなに楽しい思いをしたことは最近なかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　半月ほど過ぎて行き付けの理髪店に行った。『すんぷ夢ひろば』へ行ったことを店主に話し、序でに『天下泰平の湯』の評判をアンテナの高い主人に訊いたところ、このごろ行った人が、「あそこは入場料が高い上に、中の個々の施設へ入るのに追加利用料を払わねばならない。加えて子どもの遊び場がないのでこりごりした。二度と行く気がしない」とこぼしていたという。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　どうやら温泉施設の方も天下泰平でなく黄信号が点きそうな気配のようだ。県下最大級の温泉、それに演芸場と駿府町家。これだけの大きな施設を整えてオープンし、営業開始してから半年も経たないうちに前途が危ぶまれるとは、新しい事業をおこすのは難しいものだ、とつくづく思った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　そして、そうしたリスクを百も承知で、今や全国的となった『日帰り温泉ブーム』など新規事業に取り組む人が競い合う。欲深い人間模様の修羅場をかいま垣間見たような気がする。『すんぷ夢ひろば』の繁盛は、大方の期待をよそに、うたかた泡沫のように消え去るのだろうか。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6981430926213328182-8740478816855335688?l=helthlife.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://helthlife.blogspot.com/feeds/8740478816855335688/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6981430926213328182&amp;postID=8740478816855335688&amp;isPopup=true' title='1 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/8740478816855335688'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/8740478816855335688'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://helthlife.blogspot.com/2008/05/blog-post_02.html' title='すんぷ夢ひろば６'/><author><name>いつもの人</name><uri>http://www.blogger.com/profile/05729833199635797577</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp1.blogger.com/_E3Qv76ToIuY/SBZP7-uq_FI/AAAAAAAAAAc/n_aM3vhDo00/S220/RIMG3364.JPG'/></author><thr:total>1</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6981430926213328182.post-5820364527371659798</id><published>2008-05-01T22:07:00.002+09:00</published><updated>2008-05-01T22:12:04.263+09:00</updated><title type='text'>すんぷ夢ひろば５</title><content type='html'>　私はきぬぎぬ後朝の別れを惜しむ女の寂しげな顔をリクエストしようとしたのだが、そのような抽象的なものは絵画や文学で表現するものであり、具象的な形を線で表現する紙切り絵には不適切なことであった。寄席には不似合いな、場所わきまを弁えない注文をすれば、芸人は困惑し、場内は途端に白ける。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私は皆に冷笑され、ひんしゅく顰蹙を買うことになるだろう。何かを思い込むと周囲が見えなくなるのは、私の短所の一つだ。その身勝手さと、野暮さに我ながら呆れて、人知れず首をすくめた次第である。私は時間に救われたのだった。ただ、その無粋な考えは私の性格によるだけでなく、紙切り芸の愉しさが私を酔わせたからかもしれない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ともあれ、ひとりが二十分、五人の色物芸人による一時間四十分の演芸は、寄席初体験の私を十分に愉しませてくれた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　近いうちに気の合った人ともう一度来てみようと思い隣席の女性に話したら、昨年十一月七日にオープンした頃は入りきれないほど入場者があったが、最近では客が減ったため、今年の四月からは月に二日しか開演しないので、事前確認が必要だという。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　静岡市周辺では演芸場が連日満席になるほどの寄席ファンはないとみえる。演芸場の周りには駿府町家と称する江戸時代を再現した家並みに収まって食堂、土産物店、喫茶店などが軒を連ねている。これらはすべて新築したものであるが、演芸場の来客が減れば当然経営が苦しくなるだろうとひとごと他人事ながら心配になった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　演芸場の近くゆめやぐらの夢櫓という食堂で昼食を摂る。建物はもちろん新しいがテーブルや椅子、食器類もすべて新品なのが当然ながら頗る気になった。私たちが楽しんだ演芸場は『すんぷ夢ひろば』の一部で、その西隣りには県下最大級の温泉施設と称する「天下泰平の湯」があるが、そちらの客の入り具合は果たしてどうなのであろうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;つづく&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6981430926213328182-5820364527371659798?l=helthlife.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://helthlife.blogspot.com/feeds/5820364527371659798/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6981430926213328182&amp;postID=5820364527371659798&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/5820364527371659798'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/5820364527371659798'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://helthlife.blogspot.com/2008/05/blog-post.html' title='すんぷ夢ひろば５'/><author><name>いつもの人</name><uri>http://www.blogger.com/profile/05729833199635797577</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp1.blogger.com/_E3Qv76ToIuY/SBZP7-uq_FI/AAAAAAAAAAc/n_aM3vhDo00/S220/RIMG3364.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6981430926213328182.post-683949821709157617</id><published>2008-04-29T07:11:00.002+09:00</published><updated>2008-06-13T23:37:52.876+09:00</updated><title type='text'>すんぷ夢ひろば４</title><content type='html'>　和服の女性といえば、私には忘れ難い思い出がある。三十年ほど前、熱海のＭＯＡ美術館に行ったところ、「ほととぎすの声を聞きて」という題名の日本画があった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　和服姿の女性がちょっと後ろを振り向き加減に空を見上げ、その視線の先、左上の空に有明の月が描いてあり、その女性の愁いを帯びた風情が私の印象に深く残った。百人一首のなかに「ほととぎす鳴きつる方を眺むれば　ただ有明の月ぞ残れる」という歌があるが、この絵は恐らくその歌の具象画であろう。初夏の朝まだき、ただ単にほととぎすの鳴き声を聞いたというだけではなく、恋しい男とひと夜を共に過ごした女が、帰ってゆく男を見送って後朝(きぬぎぬ)の別れを惜しんでいるところを描いたものだと想った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　そう思って見ると、血を吐くように鋭く啼くほととぎすの声と有明の月が、未練がましい女性の風情にぴたりと合うような気がしたものである。後日調べてみると、この和歌の作者は女性ではなくごとく後徳だいじの大寺さだいじん左大臣だったので少しくがっかりしたが、ならば、この絵は左大臣を見送っている女性であろうと勝手に解釈した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　このような強い思い込みがあったので、私は紙切りの芸人に『後朝の別れを惜しむ女』をリクエストしようと決めた。「いや、待てよ。あの芸人に後朝の別れの意味が分かるだろうか。もし分からなければ説明すればよい」と思っていると芸人が顔を上げた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私がさっと手を上げると、「今日はこの辺でおしまいにさせて頂きます」と無情にも告げた。時計を見ると、紙切りの芸が始まってから丁度二十分経っていた。ちょっぴり口惜しい思いをしたが、場内が明るくなってから、よくよく考えてみると、私は、リクエストをしない方がよかったと悟った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;つづく&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6981430926213328182-683949821709157617?l=helthlife.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://helthlife.blogspot.com/feeds/683949821709157617/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6981430926213328182&amp;postID=683949821709157617&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/683949821709157617'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/683949821709157617'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://helthlife.blogspot.com/2008/04/blog-post_29.html' title='すんぷ夢ひろば４'/><author><name>いつもの人</name><uri>http://www.blogger.com/profile/05729833199635797577</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp1.blogger.com/_E3Qv76ToIuY/SBZP7-uq_FI/AAAAAAAAAAc/n_aM3vhDo00/S220/RIMG3364.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6981430926213328182.post-3842587535868421011</id><published>2008-04-28T23:43:00.000+09:00</published><updated>2008-04-28T23:44:36.580+09:00</updated><title type='text'>すんぷ夢ひろば３</title><content type='html'>　そして、芸人が「どなたかご希望のものを…」と言いかけると、私の左側の席の女性が待っていましたとばかりにさっと手をあげた。彼女はこのような機会を経験しているのではないかと思われた。客の求める切り絵を作るということを私はこの時はじめて知ったが、それだけに私にとってはすべてが新鮮で興味津々であった。彼女が『鯉のぼり』をリクエストすると芸人は「はい。承知しました」と応え、ほんのしばらく考えて構想をまとめると、すぐに鋏を動かし始めた。私はこのやりとりを面白いと思った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　来月は五月なので女性客はその季節を考え、芸人の作り易そうな『鯉のぼり』をリクエストし、芸人はそれに応ずる。このような雰囲気は生の寄席でなければ味わえないであろう。いっき一気かせい呵成に仕上げると、先ほどと同様に透明なビニールの袋に挟んで客席に披露した。和服姿の若い女性が鯉のぼりを見上げているその切り絵はリクエストした女性の手に渡された。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　女性からその切り絵を借りてよく見ると、何とまつげ睫毛まで見事に切り抜いてある。あっという間に細い睫毛までさりげなく鋏で紙を切る熟達した腕前に舌を巻いた。切り抜かれた方の紙に黒い紙を当てビニールの袋に挟むと、当然ながら切り取ったのと白黒逆の同様な絵になり、それは別の人が貰った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　そして「さて、お次は」と芸人が言うと後ろの席から『花火大会』と声がかかった。このような注文には馴れていると見えて、芸人はすぐに鋏を動かし始め、日本髪の和服の女性が打上げ花火を見上げている切り絵があっという間にできあがった。それを見て私は、「寄席の切り絵は和服の女性が登場するのが原則のようだ、私もひとつ女性の切り絵を注文してみよう」と思い立った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;つづく&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6981430926213328182-3842587535868421011?l=helthlife.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://helthlife.blogspot.com/feeds/3842587535868421011/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6981430926213328182&amp;postID=3842587535868421011&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/3842587535868421011'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/3842587535868421011'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://helthlife.blogspot.com/2008/04/blog-post_28.html' title='すんぷ夢ひろば３'/><author><name>いつもの人</name><uri>http://www.blogger.com/profile/05729833199635797577</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp1.blogger.com/_E3Qv76ToIuY/SBZP7-uq_FI/AAAAAAAAAAc/n_aM3vhDo00/S220/RIMG3364.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6981430926213328182.post-2305400570424519539</id><published>2008-04-27T22:13:00.002+09:00</published><updated>2008-04-29T07:14:40.446+09:00</updated><title type='text'>すんぷ夢ひろば２</title><content type='html'>客席は二百ほどあり、新築なので綺麗で感じがいい。私は耳が遠いため前列の席に陣取った。椅子が新品なので市民会館よりも坐り心地がいい。この演芸場にはドサ回りとはいえ粒揃いの芸人が出演するので結構たのしめる、との評判なので期待して開演を待った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　一番手はあずまたますけ東玉助という芸人の漫談で、世相などを話題として風刺や批評を交えた軽妙な話芸で私たちを大いに笑わせた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　二番目に登場したさがみ三太がこの一座のまとめ役らしい。浪曲入りの漫談であった。曲師の三味線がどうもテープのようだったので、あとから訊いてみるとやはりそうだった。なま生の場合は曲師が浪花節に合わせるが、テープの場合は語り手がテープに合わせる。それに三味線の音色も違う。次はかがみせん鏡味仙さぶろう三郎といういかめしい名のたいかぐら太神楽芸人がからかさ傘の上で皿やまり毬などを回す年季の入った芸を披露してくれた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　続いてケン正木という人の手品。かって縁日やテレビで見たことがあるが、私はいつ見ても手品は愉しいと思う。いかに指先や小さな器具を巧みに操る訓練の結果とはいえ、あの限られた洋服のどこに鳩を二羽も三羽も隠しておくのか、それをどうして取り出すのか、目を皿にして見ていても分からないのだから不思議という外ない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　この日のトリは、柳屋松太郎という芸人の紙切りであった。鋏で紙を切り抜いていろいろな物の形を作る芸だが、かってテレビで見たことはあるものの、実演を見るのは初めてなので興味を持ち、目を凝らせて実技を見守っていた。Ｂ４判大の白の模造紙を縦に半分に折り、一隅に鋏を入れて紙を大きく小さくくるくる動かしながら切って行く切り絵は、一本の線で絵を描くようなものである。時どき軽口をたたき、客を笑わせながらも手先は絶えず微妙な動作を続ける。何ができるだろうと見詰めていると、やがて手が止まった。切り抜いた紙を拡げて黒い紙の上に乗せ、透明なビニールの袋に挟んで客席に見せた。それは七福神のひとつ大黒様の顔であった。大黒様の顔は左右対称であるから、紙を二つに折って切れば作り易い。客席の横の壁にも額に入れた大黒様の切り絵が掲示されていた。出来上がったその切り絵は希望者が貰った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;つづく&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6981430926213328182-2305400570424519539?l=helthlife.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://helthlife.blogspot.com/feeds/2305400570424519539/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6981430926213328182&amp;postID=2305400570424519539&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/2305400570424519539'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/2305400570424519539'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://helthlife.blogspot.com/2008/04/blog-post_27.html' title='すんぷ夢ひろば２'/><author><name>いつもの人</name><uri>http://www.blogger.com/profile/05729833199635797577</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp1.blogger.com/_E3Qv76ToIuY/SBZP7-uq_FI/AAAAAAAAAAc/n_aM3vhDo00/S220/RIMG3364.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6981430926213328182.post-5277601072192065625</id><published>2008-04-26T22:34:00.003+09:00</published><updated>2008-04-26T22:37:39.389+09:00</updated><title type='text'>すんぷ夢ひろば</title><content type='html'>「日帰りのバス旅行はいかがですか」 教員を定年退職後、町内の民生委員を足掛け六年も熱心にやっておられる田中さんが回ってこられ、声をかけてくれた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;彼はお年寄りたちの信望も厚い。田中さんによると、小学区内の自治推進委員民生委員でつくった福祉懇談会が、学区内に住む六十五歳以上のひとり暮らしの老人を対象に、社会福祉協議会の後援を得て、毎年一回マイクロバス旅行を催している。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;一昨年は花鳥園、昨年は海洋博物館へ行ったという。&lt;br /&gt;今年は昨年十一月にオープンした「すんぷ夢ひろば」の中の寄席に行くとかで、参加料は六百円とのこと。今の私は毎日が日曜日で自由時間はたっぷりあり、このごろ体調もいいので気晴らしにもなると思い気持ちが動いた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　実の所、私は今まで寄席へ一度も足を運んだことがない。お高くとまって演芸というものを下らないものとして疎んじていたわけでなく、興味は持っていたがついぞ行く機会がなかったのだ。この機会を逃したら、一生大衆演芸に接することはあるまいと、私は田中さんの誘いに快く応じることにした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　四月二十六日九時、市のマイクロバス二台に、六十六人が分乗して出発した。民生委員と市職員の十四人を除き、参加者五十二人のうち男性は僅か六人しかいない。女性の平均寿命が七年長いからなのか、或いは男性は他に遊ぶことがあるからなのか理由はわからないが、女性パワーを実感した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　途中、「道の駅」でトイレ休憩して、予定より少し早く「すんぷ夢ひろば」に着いた。バスから降りて「すんぷ夢ひろば」の大門をくぐると、両側に江戸時代の町家風の構えをした店が軒を並べている。三軒ほど先の左側にある「すんぷ演芸場」に入った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;つづく&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6981430926213328182-5277601072192065625?l=helthlife.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://helthlife.blogspot.com/feeds/5277601072192065625/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6981430926213328182&amp;postID=5277601072192065625&amp;isPopup=true' title='3 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/5277601072192065625'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6981430926213328182/posts/default/5277601072192065625'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://helthlife.blogspot.com/2008/04/blog-post_2903.html' title='すんぷ夢ひろば'/><author><name>いつもの人</name><uri>http://www.blogger.com/profile/05729833199635797577</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp1.blogger.com/_E3Qv76ToIuY/SBZP7-uq_FI/AAAAAAAAAAc/n_aM3vhDo00/S220/RIMG3364.JPG'/></author><thr:total>3</thr:total></entry></feed>
